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見え透いた米仏のリビア政権転覆策動

渋谷 一三
356号(2011年4月)所収


 『アラブ世界が揺れ動いている。チュニジアに続きエジプトで政権が崩壊し、バーレーン、リビア、イラン、スーダンなどに波及している。チュニジアは「民主化」という概念で捉えることができたが、エジプトではすでに米国のご都合が見え透いている。内政干渉もいいところだ。イスラエルをアラブ世界への楔兼橋頭堡として確保し続けるため、反米政権が成立する前にムバラク政権を見限った方がよいとの判断が働いた。もう、民主化闘争の勝利などとは呼べない情況がうまれている。
3例目となるともっと純粋ではない。カダフィが外国勢力の手先に負けないと言うのがあながち間違いでもない情況がある。内戦と言おうが、デモ隊に銃を向けたことは正当化されないし、放火煽動分子がいるのも確かだが、カダフィが革命家ならば、逮捕しこそすれ、銃殺することはないだろう。それが政権を担った同志の離反を招いているのだろう。
歴史的な動きが表面に出てきていることは確かだが、その分析をするには、あまりに情報が偏っている上に情報量自体が少ないので、次号以降に分析を回させていただきたい。』

2月号でこのように書いた。東日本大震災により、より情報が入りにくくなったが、米仏による「多国籍軍」の空爆が、何よりも雄弁にリビアにおける階級関係を物語った。「反政府軍」は、『同志の反乱』ではなかった。もはや革命家とは呼べなくなったカダフィと同じ政府にいてもカダフィが革命家でない以上、同志と呼べる存在はありえない。革命に目標が無くなり、どうすることをもって革命と呼べるのかが世界的に不鮮明になったのだ。カダフィのみが革命家でなくなったわけではない。こうした情況の下で、米国が例によって「親米政権」を樹立しようと画策し、必ず援軍を出すと約束をして、イラクさながら傀儡政権の樹立を目指したのが今回のリビアの事態であった。
カダフィの断固とした内戦を辞さない態度により反乱軍が劣勢に立つと、反乱軍の指揮者は「制空権を握る」約束の履行を米・仏に迫った。フランスと米国は、リビア国軍が傭兵で組織された軍隊であることにし、この傭兵が無差別に市民を殺しているという図式を作り上げ、反市民のカダフィを懲罰すべきだという世論を誘導し、遂に空爆にこぎつけることができた。
ロイター電は、兄とその妻および子どもが目の前で政府軍により惨殺されたと「証言」する弟と、弟が政府軍戦車の前に身を躍り出し撃つなと叫んだのに射殺されたと「証言」する兄(写真入り)との2例が「報道」され、自国民を虐殺するカダフィとの印象を植え付け「多国籍軍」による空爆を正当化する心理的根拠を醸成させようとしていた。
この「報道」は全くの捏造であると断言してよい。親ブッシュがイラク爆撃をしたさいの油まみれの海鳥の映像と同じである。後から捏造と「明らかにされた」が、戦争終了後に明らかにされたところで用済みである。
この例を検証してみよう。兄一家が目の前で惨殺されたのに、なぜ弟は殺されなかったのか。検問所で殺されたことになっているのだから、このような情況を目撃した弟は抹殺するのが常識というものだろう。子どもまで殺したはずの政府軍兵士に、弟には温情が働くとは、いかにも下手な作り話である。また、戦車に向かって撃つなと叫びながら近づくという作り話も下手な作り話だ。戦車に叫び声が聞こえるはずがない。そんなことは日本以外では常識だ。また、戦車の視界も狭い。一人で行っても気づかれない場合が多い。第一、そんなアピールに何の政治性もない。隊列を組んで戦車の行方を阻む政治行動と似て非なるものだ。さらに、気づかれなくて轢き殺されたとしたら「無差別殺人者カダフィ」のストリーを作りあげることにならない。そこで、見えないではなく、狭い視界からわざわざ戦車砲で砲撃して殺したことにする無理を入れこまさざるを得なかった。作り話の馬脚は、このようにして、作り話の必然性からして必然的に暴露される。
恐ろしいのはこのロイター電をマスコミが裏を取ることもなく垂れ流すことである。筆者程度の記事を吟味する力すら失っているとすればもっと恐ろしい。しかし、自民党時代のマスコミ統制がきき、自民党支持者が各社の主幹になって久しく、圧力によってロイター電を垂れ流したというよりは、より恐ろしい「吟味能力」の欠如であろう。自民党の支配が利きだしたことによって購読者を減らし続けた読売以外の新聞各紙は、収入の低下により独自取材もほとんどなくなり、3面記事程度の記事ですら警察発表に依存するようになり、警察による統制も入るようになってきている。こうしたことにより、新聞は、ますます部数を減らすことになるだろう。残るのはネットの玉石混交の、溢れすぎて誰も読まなくなっている情報だけということになりかねない。

ともあれ、仏英を主力とする「多国籍軍」は空爆にこぎつけることができた。
外国人ジャーナリストが殺されたといっては大騒ぎをしているが、ジャーナリストは、どちらの軍に守られて取材するかで、決まる。すなわち、記事の中立性などありえないということだ。あるのは真実の取材で、どちら側の部分的断片的真実を取材しようとするかの判断によって、どちらの軍に守られて取材するかを決定しているかということが厳然たる事実である。
イラクで筆者は逡巡した。ブッシュが間違っていることは断定できても、フセインを支持することもできなかった。結果は、「独裁者」というレッテルだけでフセインは殺され、米国(英国)による石油支配が強化され、殺人者ブッシュは多くのイラク国民を虐殺したという事実のみが残った。
「独裁者」はまだいた。エジプトもリビアも要するにアラブ世界は全て独裁政権になるらしい。なのに、サウジ王政はよくて、カダフィ「王政」はだめらしい。
 イラクは米英の石油利権、リビアは仏・米の石油利害、以上ということだ。
 それ以外の民主主義だの反独裁だのなんのかんのは全て粉飾物である。

 仏・米によるリビアへの空爆・軍事干渉に断固として反対しよう!


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