共産主義者同盟(火花)

誰のための、何のための「支援」か?
−中村哲さん(ペシャワール会現地代表・PMS院長)が伝えること

杉本修平
274号(2004年6月)所収


1.「本当の復興支援とは何か」−中村哲さんの問い

 中村哲さんの「本当の復興支援とは何か」(「世界」6月号所収。本文中の引用は、特に断りのないかぎり、この文章による)は、多くの人に読んでほしい文章だ。アフガニスタンにおける「対テロ戦争」や「復興支援」の実態、それに対する、多数者−民衆の側に立つ支援のありよう……彼が伝える内容は、めまぐるしく推移する情勢の中で、何に目を向けなければならないのかを改めてわれわれに示している。
 この間、イラク情勢の推移が日々報道される一方、「アフガニスタン」は人々の意識の後景へとおしやられている。2001年10月、米軍のアフガン「報復爆撃」、11月、タリバン政権の崩壊とカルザイ政権の成立、そして、「翌年1月、東京で開催された『アフガン復興会議』が明るいムードを演出した後、一件落着の印象を残して、アフガン報道は遠のいていった」。しかし、実際には何も片づいていない。それどころか、中村哲さんは「私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)の関わる東部アフガンから見る限り、現地は過去20年で最悪の状態だ」と言う。アフガニスタンの統治と復興の惨憺たる現状、いっこうに問題解決の方向を見いだせない米国とその追随者の蹉跌は、イラクの今後を推しはかる材料ともなるだろう。
 日本政府は、「米軍のアフガン空爆支持」を振り出しに、米国との政治的・軍事的一体化の道をためらいなく突き進んできた。イージス艦インド洋派遣、自衛隊イラク派兵、そして、イラク「主権委譲」に伴う多国籍軍への参加。詭弁、恫喝、居直りを駆使しながら小泉政権は戦争政治の既成事実化を急速に進めている。参戦の実態を先行させ、人々の反対を無力化する政治。しかし、こうして進行する現実と人々の意識との間には落差が存在している。われわれはそれを政治的な亀裂の拡大へと転化しなければならない。そのために、イラクにおける新たな動向に対応し、自衛隊派兵−多国籍軍参加をめぐる対立構造に分け入り、人々の意識と行動を再編していくことが必要だ。その際、「支援」ということの意味を問いなおす論議は一つの重要な軸となるだろう。
 中村哲さんは、この論議にリアリティと説得力に富んだ素材を提供している。

2.「アフガン復興」の現状

 まず、「復興支援」、「対テロ戦争」の実態はどうなっているのか。中村哲さんの報告の要点を記しておく。

  1. 「東京会議」以降、復興支援ラッシュがカブールに押し寄せたが、援助資金の7割以上が国連・外国NGOの事業を通して行われ、現地のニーズに答えられないケースが多い。しかも、今、援助は撤退・縮小の方向にあり、新政府も財政難にあえいでいる。現地での失望感が拡大している。
  2. 「アルカイダ掃討」は遅々として進まず、今なお12000人の米兵が駐留、NATO軍も加えて兵力の増強がはかられている。しかし、実際の戦闘は地元の軍閥に請け負わせる形になっており、そのことは、軍閥の復活と割拠をもたらしている。政府軍と軍閥との衝突も頻発している。
  3. 一方、新政府の威光はカブールや地方大都市周辺にとどまっている。現政権は米軍が駐留する限り国家統一ができず、米軍が去れば崩壊するという矛盾の中にある。民衆の反米英感情、数千人の犠牲者を出した空爆、捕虜虐待等に対する復讐の意志は強く、米軍・外国軍を後ろ盾とする現政権の展望は暗い。

3.ペシャワール会・PMSによるアフガン民衆支援の意義

 それでは、中村哲さんらは何に目を向け、どのような支援に取り組んできたのか。
 彼らが目を向けているのは、何より、「そこに生きる大部分の人々、すなわち底辺の庶民たちの実情と思い」である。
 アフガニスタンの人口2000万人の9割を占める農民・遊牧民をもっとも苦しめているのは5年目を迎える大旱魃だ。2000年にWHOが警告を発しているが、この時点で、家畜の9割が死滅、1200万人が被災、400万人が飢餓状態、100万人が餓死と隣り合わせだと報告されている。特にひどい打撃を受けた地方では、農民たちが村を捨て、難民化、流民化し、あとには廃村と砂漠が残された。
 にもかかわらず、「国際社会」は「タリバン=悪」のイメージに目を向け、2001年、国連制裁、アフガン空爆が実行される。米国と「国際社会」は、疲弊、困窮し、死の危機に瀕した人々に追い打ちをかけ、その頭上におびただしい爆弾の雨を降らしたのだ。
 一方、1984年から現地で医療活動を展開してきたPMSは、2000年、「水源確保事業」に乗り出す。
  「病気の背景には必ず清潔な飲料水の欠乏、栄養失調があり、砂漠化で廃村が拡大す  る中、問題は決して医療活動だけで解決するとは思えなかったからである。」
 以降、PMSは約1000カ所以上の井戸、カレーズ(伝統的な地下水路)を確保してきた。また、アフガン空爆の中、緊急食料援助を行い、このとき寄せられた「アフガンいのちの基金」をもとに、現在、「医療事業、水源確保事業、農業計画からなる『緑の大地計画』を継続」、大規模な貯水池や用水路建設等の灌漑計画を進めている。長期的な視野に立って、飢餓や流民化を防ぎ、自給自足的な農村を回復するためにである。この事業は1000人のアフガン人を雇用し、失業対策、さらには治安の回復にも寄与しているという。この現地活動を、日本の12000人のペシャワール会会員、事務局・連絡会のボランティアが支えている。
 一つのNGOが、日本の支援者と現地の民衆を直接つなぎ、国家間援助ではおよそ不可能な支援プロジェクトを推進しているのだ。徹頭徹尾現地住民の現実に即した活動、経験を通じてメンバーが獲得してきた優れた判断力と事業展開能力、また、寄せられる資金のほとんどすべてを現地に投入する会の運営方針(過半を自らの組織運営に費消するNGOも珍しくないという)、その他、ペシャワール会・PMSの実践から学ぶことは多い(詳しくは、中村哲さんの著作、ペシャワール会のホームページ参照)。

4.自衛隊による「人道復興支援」を問う

 昨秋、PMSが現場作業中、米軍ヘリコプター2機の機銃掃射を受けた事件は記憶に新しい。一方、これまで、PMSが「テロリスト」の攻撃を受けたことはない。地元民との信頼関係がその活動を守っているのだ。「皮肉なことに」、中村哲さんたちにとって危険なのは「やたらに武器を振りかざす『国際社会』の方」なのである。この事件の後、中村哲さんは次のように述べている。

「イラクと同様、アフガンでも、米軍に対してだけではなく、国連組織や国際赤十字、外国のNGOへの襲撃事件が頻発している。地元民から襲撃を受け、すでに撤退した国際団体もある。『人道支援に赴いたのになぜ』といぶかる日本国民も多いと思う。
現地が反発するのは、復興援助が軍事介入とセットになっているうえ、外国側のニーズ中心で民意とかけ離れたものになっているからだ。」
「今回、私たちは……『国際社会の正義』から襲撃された。日本政府がこの『正義』に同調し、『軍隊』を派遣するとなれば、アフガンでも日本への敵意が生まれ、私たちが攻撃の対象になりかねない。」(「朝日新聞」'03.11.22)

 軍事介入とセットになった「復興支援」、「先進国」の視点と利害に基づく「援助」は、地元住民にとどかぬばかりか、その拒絶と反発を生み出す。
 イラクにおける自衛隊の「人道支援」が、実際には戦争・軍事占領の「支援」を中心としていることはすでに明らかにされている。陸自派遣要員550人のうち、浄水・給水活動に従事するのは30人。医療活動40人、公共施設の復旧活動50人を合わせても、「人道支援」要員は120人でしかない。残り430人のうち、警備担当が約130人、あとの300人は「後方支援活動」(治安活動を担当している英・オランダ軍の兵站支援を含む)に当たる。また、航空自衛隊は占領軍の運航計画の一端を担い、掃討作戦に向かう武装した兵士も運んでいる。ところが、現地住民がもっとも切実に求めている雇用創出にこたえることはできていない。また、サマワ周辺にも残存する劣化ウランの除去は焦眉の課題だが、自衛隊員の被曝を防ぐ対策すらとられていない。
 しかし、政府は次のように言う。「我が国の自衛隊は……イラクの人々のため、人道復興支援を中心とする活動を行ってきた。その活動は、現地で高い評価を得ており、イラクへの主権の回復後も、その活動の継続に強い期待が寄せられている」。そして、「イラクの復興と安定が我が国自身の安全と繁栄にとっても重要であるとの認識に立ち、イラクへの主権の回復後も、自衛隊が引き続きこのような活動を継続する」(「イラクの主権回復後の自衛隊の人道復興支援活動等について」−閣議了解)ことを決定した。国際帝国主義の一翼としての地歩を固め、イラクの復興利権、石油利権を確保するという「ニーズ」に基づき、「軍事介入とセット」になった「人道復興支援」を継続する! われわれはその実態を暴露し、反対運動をさらにおし広げなければならない。

5.今、提起したいこと

 しかし、小泉政権が今のようなイラクへの関わりを断念することはあるまい。そうした政治・軍事を選択することによってこそ、政権が維持されてきたとも言えるからだ。仮に政権が変わったとしても、世界市場と帝国主義の支配秩序を守り、その下で権益を確保しようとする独占・大ブルジョアジーの利害を代表する政府であるかぎり、本質は変わらない。
 重要なことは、「国際支援・協力」の分野でも、表面的な政治流動に左右されず、一貫した運動・事業を建設することだ。世界的な従属体系の下層に組み込まれ、耐え難い矛盾と困難にさらされている人々の求めと結びついて。
 中村哲さんたちの経験はこのことを教えている。
 なすべきこと、できることは数多くある。ここでは、3つの課題を提示しておく。

  1. ペシャワール会に参加する人々のように、国を媒介とせず、災厄や戦火にさらされた 人々と直接結びつこうという人たちは確実に増えている。彼・彼女らは、自分たちの条 件に応じて様々な事業に関わっている。同様のことは、イラクについてもあてはまるだ ろうし、国や社会の圧力があろうが、直接現地に向かう人々も次々現れるだろう。こう した動きを支持し促進すること。

  2. 上記のような人々は、先進資本主義国の住民であることの優位性を前提に、高みから 手をさしのべようとしているわけではない。きわめて曖昧な言い方だが、そこには、ア フガニスタンやイラクの現実を鏡として、自分の現実を問い返す志向があるのではない か。言い換えれば、それらの国・地域に生きる「他者」が直面する問題を、「自分」を 構成するものの内に組み込んでとらえる意識の存在。その根底には、グローバルな資本 の運動と帝国主義支配の下で構造化された世界(現実)がある。この構造の解体へと向 かうこと。
      「戦線」は至る所に存在する。多様な実践のそれぞれにおいて、下層の、多数者の方 へと向かい、その利益を代表する運動・事業を実体としてつくりだすこと。うわべの政 治動向に対応するあれこれの政治的空文句ではなく、この深い部分において運動相互の つながりをつくりだしていかなければならない。

  3. 日本の中で、われわれも含め、多くの人々が判断のベースとしている現実像の歪みや 欠落を自覚し修正すること。
      アフガン報道に例をとれば、カブールから出ることなく、英語でやりとりできる上層 の人々からの取材に頼って記事を書く、そんな記者の伝える「現実」に信はおけない。  中村哲さんは次のように言う。

「現地の人々の実情は捨象され、先進国受けする事象だけから合成された虚像が横行し、それが『国際社会』で説得力を持つ。未だに、カブールの知識層富裕層を除けばブルカを脱ぐ女性は稀だし、『解放された自由』とは、皮肉なことに売春の自由、暴力の自由、餓死の自由、麻薬栽培の自由である。」

 情報を批判的にとらえる力、それがどのような視点から構成された現実像を伝えているのかをとらえるリテラシー能力を様々な方法で育んでいくことが必要である。
  また、アフガニスタン支援の中で、しばしば学校の再建・建設が語られる(アフガニスタンに限った話ではないが)。学校づくりと言えば、誰もがいいことと思いこんでい るのか、批判はあまりない。だが、中村哲さんは、アフガニスタン(おそらくはアフガニスタンに限らず)で、子どもたちを労働から切り離して学校に囲い込むことが果たし てよいことなのか、という問いを発している。こうした、われわれの「あたりまえ」を 揺さぶる問いについて考えぬくこともまた、重要な課題であろう。




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