共産主義者同盟(火花)

イラク情勢について(3)

渋谷 一三
272号(2004年4月)所収


1.

 日本ヴォランティア3名が拘束された。政府はいち早く自衛隊を撤退させないことを表明した。異例の早さである。コイズミにとっては自衛隊派遣を批判されることは、絶対に容認できない、自らの政治生命に関わること、と認識されている。
 さらに、自衛隊派遣の真意が対米追随を決め込むことによってイラクにおける石油利権漁りにおいて優位な立場を得たいというコイズミのいう「国益」確保のためにも、自衛隊を撤退させない表明はいち早くした方が効果的なのは言うまでもない。
 こうした矮小な動機の下に、異例の早い決断がなされた。
 さらに、決断を早めた理由の一つとして、人質にとられた3人の政治的背景を見過ごすことは出来ない。3人は自衛隊派遣に反対なのである。もし、この3人が殺害されていればイラクの反米勢力に大きな政治的ダメージを与えることが出来、「反テロ」なる国家テロ同盟に政治的大義名分を獲得することができる。いかにも姑息な人間の考えそうなことである。
 本稿を書き始めた段階で、筆者はこのことを一番に心配した。幸いにイラク反米勢力にきちんとした統制が取れており、政治判断が働く状況が確保されていたことが判明し、正直、ほっとした。
 「人質作戦」が頻発したのは明らかにファルージャの状況に連動している。米軍は国際法上禁止されているモスクへの爆撃を敢行し、無辜の市民、とりわけ、女性やこどもに多くの死者を出したことから、シーア派とスンニ派の大連合が実現し、反米の政治的うねりが確定した。この中で元米兵(ベテラン)(日本流に言えば、米軍軍属)を殺害し、引き回す事件が発生した。イラク人民の怒りの表れとして、当然のことである。
 だが、米国はこれを米市民の虐殺と宣伝し、死体損壊までしたと煽り、あろうことか、さらにモスクへの爆撃を行い、シーア派を反米にしたのはサドル師だと刷り込むために、サドル師の殺害(逮捕)作戦をなりふり構わずに行った。
 こうした政治的・軍事的状況の下で、軍事的に圧倒的に不利なイラク人民が、米軍の常軌を逸した軍事力行使を停止させるための手段として、「人質作戦」にでたと思われる。
 不当で非人道的なのは米国であり、「人質作戦」を生んだのも米国である。一切の責任は米国にあるのだが、日本の報道機関はこうした状況を報道する力すら持っていなかった。

2.

 日本政府はこうした状況を意図的に作り出した上で、スポーツ紙や週刊誌を使って、身代金を払ったかのような雰囲気を醸成した。
 仮に身代金を払ったとすれば、身代金を提起した日本政府の勝手である。
 勝手というのは二重の意味においてである。結果が示す通り、イラクの反米勢力の政治判断は効いており、身代金を払わなくても三人は解放されたのである。身代金を払ったのであれば、そう公表すればよいのだが、何よりも米国に文句をつけられるので公表できない。米国はもちろんそんなことは知ってはいるだろうが、公表されると黙ってはいられない。「先例を作り、却って事件が多発する」というのが、その論拠である。
 さて、この屁理屈、どこかで聞いたことがある。そう、「要求に従って自衛隊を撤退させればかえって事件を多発させる」という、撤退させない論拠だったはずである。自己矛盾である。日本政府流の理屈によれば、身代金は払ってはならないはずである。身代金を払ったとすれば、それは日本政府の勝手であると断言する論拠の一が、これである。
 第二には、仮に身代金の要求が副次的にあったとして、それはイラクの反米勢力の活動資金を提供することであり、良いことである。即座に自衛隊の撤退は有り得ないと断言した政府の目論見は、先にも述べたように、仮に殺害されればイラク反米勢力の大きな政治的ダメージになり、「反テロ」国家テロ活動にはずみがつくという判断である。であるのに、身代金を払ったというのであれば、それは、一貫性のない政府の勝手というものである。
 仮に身代金を本当に払ったとすれば、コイズミは一方で人質が殺害されることによる自分への政治的打撃を避けたいという姑息なことを考えたのであろう。そう考えることによって、唯一、屁理屈につじつまが合う。

3.自己責任論は誤り

 スポーツ紙は、日付が西暦だけでイスラム暦がついていなかった事実に着目し、日本赤軍の犯行説を打ち出し、人質とつるんでいる可能性すら示唆した。こういった言説は大新聞にはできない。週刊文春は身代金授受のキャンペーンをはり、三人の人質の言を批判し、国家にお世話になって解放してもらっているくせに生意気だというトーンのキャンペーンを張った。さらに、高遠さん個人の家庭環境まで訳知り顔に「報道」している。
 こうしたキャンペーンもあって、インターネット上では三人への誹謗・中傷のメールも少なからず飛び交ったそうである。こうした雰囲気を醸成した上で、『自己責任』キャンペーンがなされた。T.V.でもこのキャンペーンが執拗になされ、ほとんどのキャスターなる者が、「政府が退避勧告をしている地域に勝手に行き、国税を使い、多くの人手を使わせたのはけしからん。」というトーンで異口同音に一貫したキャンペーンを張った。見過ごすことが出来ないのは、少なからぬ国民がこの煽動にのっていることである。この煽動とは断固として闘う必要がある。
 高遠菜穂子さんが、解放直後にイラクに残りたい旨の発言をしたことを捕まえて、首相自ら『自己責任』キャンペーンに乗り出し、「これだけ多くの人に迷惑をかけておいて、まだそういうことを言うんですかねー」とまでのたまった。
 冗談ではない。彼女の活動は自衛隊がイラクへ行くはるか以前からなされ、その脈絡の中で今回の彼女自身のイラク入りがあった。自衛隊の派遣が高遠さんをはじめとするヴォランティアの活動を妨害したのである。迷惑なのは自衛隊派遣という状況であり、自衛隊を派遣して利権にあやかろうとする政治である。イラク人民が戦っているのも、この政治に対してであり、この政治との戦いにならないからこそ、人質を解放したのである。決して日本政府のおかげではないことは、直後に拉致されたイタリア人人質4人の内の一人が伊首相の拒絶声明の翌日にすぐに殺害されたことからも明らかである。また、その後「行方不明」になった二人の日本人フリージャーナリストの解放からも、政府の努力のせいではなく、帝国主義の経済侵略の政治との戦いであることがはっきりと貫かれている。
 この点は重要である。現在誘導されている「世論」には、この観点が全く欠落しているのである。誘導されている「世論」は、『自己責任』。政府が退避勧告をしているのに行くなという論調である。福田官房長官などはあからさまに、退避勧告の出ている地域には行くなと発言している。結局、政府のお世話になるのだ、自己責任が取れるものではないのだから行くなというわけである。実際、イラクに残りたいと発言していた高遠さんや今井さんら三人は、二人のジャーナリストが一般の航空機に乗せられたのに比して、政府特別機に乗せられた上、家族とも遮断され、報道陣との間には200席も空席を設けて、「隔離」した。こうした圧力によって、高遠さんは、「みなさんにご迷惑をおかけしました。全身全霊でお詫びします。」とまで言うようにされてしまった。大きな変化である。
 さて、退避勧告の出ている地域に行くのはどうあってもいけないことだとしよう。現地からの報道は皆無になる。今まで、ほそぼそとであれ、政府発表とは異なる報道がなされてきたのは、フリーのジャーナリストが危険を冒して取材してきたおかげである。マスメディアはフリージャーナリストの記事を買い取るという形で報道してきたのであり、自社記者は報道管制の徹底した自衛隊からの記事を垂れ流すだけの、行っても行かなくても同じ記事を報道してきただけのことである。要するに大本営発表をわざわざ現地にまで行って聞いてきて、そのままを報道してきただけのことである。フリージャーナリストがいなくなった現在、日本国民は大本営発表だけを聞くことになった。
 イラク人民は中立のジャーナリストの大切さを十分に理解しており、だからこそ二人を即時解放した。現在、喧伝されている自己責任論は、イラク人民の水準をはるかに下回った下劣なものであり、解放される資格すらなかったと言える。(二人が、というのではなく、自己責任論を唱える下劣な日本人はということである。為念。)

4.

 イスラエルはヤシン師を空爆して殺害した上、その後継のランティシ氏をミサイルで射殺した。米国のイラク侵攻のもたらした政治的軍事的結果でもある。「反テロ」キャンペーンによる国家テロの横行はアフガン人民・イラク人民・パレスティナ人民はもとより、世界中の人民の怒りに火をつけた。
 そもそも「テロ」とされた闘争は、圧倒的に弱い被抑圧者が自らの生命と引き換えに行う正当な軍事行動であった。レーニンが批判したテロとは明らかに異なる。レーニンが批判したのは、唯物史観がなく、権力者を暗殺しさえすれば社会が変革できるかのような夢想に対してであり、今日、パレスティナで行われているインティファーダのような大衆的闘争に対してではない。世界の人民は、帝国主義者のいう「テロ」の正当性をはっきりと支持し、帝国主義の国家テロを峻別し、批判しきり、帝国主義との宣伝戦に勝利していかなければならない。
 米国は手におえなくなったイラクを国連提案を「受け入れる」という形式を取って、国連を利用しようと始めた。米軍は増強して実質的支配権をさらに強力にした上で、矢面には国連に立ってもらおうというわけだ。
 だが、この目論見も破産することははっきりしている。
 ブッシュは再選されない。反米闘争はますます拡大する。米民主党のイラクからの撤退計画が周到に練られている様子もない。「泥沼化」ともいえないどうしようもない状況を丸投げされた米民主党政権が発足することになる。この点に関する検討は次回にしたい。

5.

 前稿でも述べたように、帝国主義は決して擬似的解放勢力にすらなれないことを、今回のイラク侵攻が示している。朝鮮民主主義人民共和国の核および長距離ミサイルの問題、人民への抑圧、飢餓などの問題を帝国主義が解決できると考えるのはとんでもないことである。
 ところが、復興支援であり、人道支援なのだというまやかしが、結構流布しはじめている。この傾向とも断固として闘い、勝利しなければならない。4月18日公明党の神崎武法は、自衛隊が復興支援のために行っているのであり、人道支援のために行っているのだとことが、あまり認知されていないために今回の事件が起こった、だから政府は、もっとキャンペーンをはるべきだという旨の発言をした。完全なる自民党追随であり、大いなる無知である。
 そもそも人道支援であるならば、米軍のイラク市民虐殺に対して、どのような人道的支援をしているというのか。米軍を批判し、虐殺の実態を暴露するために自衛隊が何かしたとでもいうのだろうか!復興支援?破壊したのは米英軍だろう。その責任を取るのは米英でなければならない。その責務の一端を担うというのであれば、それは取りもなおさず、日本が米英侵略軍の仲間であることを表明していることに他ならない。
 何度も言わなければならない。石油利権をはじめとする「国益」(コイズミ発言)のために自衛隊を派遣しているのである。アフガンにおける石油利権は、はやばやとブッシュ一族のファミリー企業が握った。イラクの利権にはイラク侵略戦争に反対した国は除外された。こうした「国益」のために、市民レベルの連帯を不可能にさせたのが、自衛隊の派遣である。
 自衛隊は撤退すべきである。
 このことはブルジョア的に考えてすらそうである。
 かの英国の外相ですら、イスラエルを批判してみせる必要があった。にっちもさっちも行かなくなって、国連を矢面にすえるしかなくなった米国、世界中の反感を買っているブッシュ米国、あの空前の規模で行われた世界の反戦運動の意志に反したイラク侵略戦争、この落ち目の、過ちだらけの無鉄砲なブッシュと命運をともにするコイズミをいつまで首相にしておくつもりだろうか。ブルジョア的に考えて、以上のような思考回路になる。
 イラクの民の立場で考えれば、事態はもっとはっきりと自衛隊の撤退を要求する。
 復興はイラク人民の手で行うのが最も良い。それは失業者を減らし、収入の道を確保することを意味するからだ。自衛隊の駐留に必要な膨大な経費と同額の資金・資材を無償で提供すれば、一石二鳥というものだ。イラク人民は感謝の気持ちすら抱くことが出来る。だが、そうはしないのはなぜなのだ。米国の政治的孤立をなんとかしようとする道具として、米国の圧力に屈した国々がイラクに派兵している。日本もそうすることによって、米国の覚えをよくし、おこぼれをもらおうとしているのだ。強盗に協力して、その見返りに盗品の一部をもらおうとするあさましい姿、それが日本であり、強盗を手引きした人間を許せないのと同様に、日本を許すことなど出来ないのである。
 自衛隊の撤退のキャンペーンを大胆に張って行こう!




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