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安倍の『暴走』はナチズムの発現!

渋谷 一三
436号(2020年3月)所収


<はじめに>

 2020年2月27日(木)午後6時57分、速報という形式で首相安倍が翌週3月2日からの小・中・高の全ての学校の春休みまでの休校を要請するという映像が、全ての全国ネットで配信された。
 折しもこの日夕刻、大阪では維新の会が、大阪市の全ての小・中・高の週明けから2週間の一斉休校を発表したばかりだった。
 安倍の突然の発表は、なぜ、定時のニュースに行われなかったのか。
 それは「維新の会」との政治競争から衝動的になされたのか?それとも、「維新」の要請を受けて急遽発表されたのか?
 それとも全く別の要因からして『急遽』になったのか?
 本稿は、要因をさぐりながら、実際に進行している『治安維持法』または『実質戒厳令』の法制化の動きに警鐘を鳴らすものである。

1. 午後6時57分という時刻を選んだのは、質疑を封じるため。

 18時の定時ニュースまたは19時の定時ニュースでの発表という形式を取る場合、通常15分から20分の時間が提供され、十分に主旨の説明が出来、若干の質疑が出来る。だが、質疑を避け、主旨説明を避けるとたてるならば、定時ニュースでの発表は断固として避けなければならない。

 説明出来る内容がない場合や本当の事を言うわけにはいかない場合、実質上、国民への有無を言わせぬ命令にするために、記者会見なしの一方的垂れ流しをするのが最も適切なやり方である。
 今回、安倍氏がこの方法を取ったのは「本当のことを言うわけにはいかない場合」だからである。
 推測する以外にはないが、世耕議員などの第2官僚(私製官僚)の入れ知恵に従ったのであろう。
 第2官僚群に「入れ知恵」した情報は、『急速な感染を阻止しなければ、医療態勢を構築するのが間に合わなくなり、医療崩壊が起きる』との情報であろう。だが、世論に押されてやむなく行った2日後の記者会見では、唯一合理性のあるこの「情報」には言及していない。
 また、専門家会議は一言も「小・中・高の一斉休校」に言及していないことも判明した。
 結果からみると、安倍の「決断」=「暴走」の根拠は、『急速な感染を阻止しなければ、医療態勢を構築するのが間に合わなくなり、医療崩壊が起きる』ということからではない。
 ならばなぜ、『小・中・高 一斉休校』という、経済を大打撃し国民生活を大混乱に陥れる「命令」を、突然一方的に出したのだろうか。これも推測の域を出ることはできないが、"オリンピック中止"の可能性情報が入ってきたからであろう。
 自民党の伝統的資金源である建築・土木業界をはじめとする業界は、オリンピックと深くつながっており、ある証券会社の試算では、オリンピック中止による損失は7.8兆円に上るという。五輪の中止は自民党の資金源に大打撃を与えることを意味する。これはとりもなおさず、自民党の資金が大幅に減少することを意味するし、場合によっては資金源を失うことすら意味する。
 その後3月に入ってから明らかになってきた森五輪組織委員長の一連の迷走発言からも、五輪の延期や中止回避のための折衝が激しく行われていたことが窺える。
 安倍の突然の一斉休校要請の根拠は推測する以外にはないが、状況証拠は「五輪中止」を回避するためであったことを示している。

 実際、保育所や学童保育は行うなどの当然同時に発表できるはずの措置は「一斉休校要請」時には言及されず、突き上げによって2日後にようやっと言及されるに至った。典型的後追い措置だということが明らかになった。
 また、一斉休校が、親という労働者の労働市場への参加を阻害し、大規模な経済活動の萎縮が起きることが当然予想されたのに、株式市場の大暴落にびっくりして3日連続の2000円におよぶ暴落にも何の対策も施さなかった。
 明らかに株の暴落を想定していなかった。だから何の対策も用意していなかったことが露呈してしまった。
 また、「一斉休校」というセンセーショナルな措置を、臨時ニュースというこれまたセンセーショナルな手法で発表することで、デマにすぐ踊る下層大衆を煽動することに成功した。この結果、パニック的消費収縮が起きたが、「コロナショック」とでも言うべき行き過ぎに安倍自身が慌てふためいている。
 インバウンド需要欲しさのあまりに、肺炎感染者が必ずいるはずの中国人を大量に受け入れた観光業から、倒産する会社が出始めた。
 これも泥縄で、3月16日から「無担保・無利子融資」を受け付ける施策を発表したが、倒産してしまってから融資を言われても何の突っ張りにもならない。
 ここでも、「一斉休校」が経済に大打撃を与えることを予想することすら出来ていなかったことが露呈している。

2. ファシズム特有のエセ人道主義の論理  

 「死者が出たらどうするんだ」(軍人はお国のために命をかけているんだ。)
 これが、ファシズムが常用する手法だ。
 新型コロナ肺炎は、インフルエンザより死亡率が低いことは早い段階から知られていた。「恐怖」なのは、新型ゆえに、人類に抗体が蓄積されていないことと「治療薬」がないことだけで、新型コロナ肺炎で全国一斉休校にするのであれば、インフルエンザで毎年全国一斉休校をしなければならないことになる。だが、そうはしていない。
 より重篤なインフルエンザに対して3割程度が罹患しない限り、学級閉鎖にすらならない。出席停止は5日間だけで、出勤を自粛するようにという社会風潮すらなく、熱をおして出勤するのが美徳であるかのような風潮すらある。
 より死亡率の低い新型コロナ肺炎であるならば、インフルエンザに準ずる学級閉鎖措置で十分である。そうすれば、こどもが家庭という狭い空間に放置されることもなく、親が仕事を休んだり就業時間を減らしたりしなければならなくなるという大規模な社会問題を惹起することもなかった。
 だが、首相安倍はあたかも新型コロナ肺炎の伝播を阻止できるかのように振る舞い、一斉休校に反対するのは、救える命を殺すことを主張しているかのようにすり替える。
 同様にイベントの中止を申し入れ、会場のキャンセル料だけでも1000万から1億するような大会場を利用する興行会社や個人芸能人を窮地に立たせた。だが、イベントを「強行」するのは感染を拡大し、強いては死者を生む犯罪行為であるかのような雰囲気が醸成され、イベントの中止を余儀なくされていった。異論を唱える者は非国民なのである。

3. ファシズムは必ず「敵」を作り出す。

 「橋下徹の維新時代は、公務員を敵として措定し、公務員への攻撃と堺屋太一の都構想をマッチングさせ、ファシズムの熱狂を生み出すことに成功してきた。
 今回の新型コロナ肺炎騒動では、インフルエンザの方が死亡率が高いという事実を元に隔離や移動制限に素直に従わない者が「非国民」とされた。
 実際、非国民とされる恐ろしさを知っている日本人は、「要請」に従わなかった事例はない。尤も、管制下に置かれたマスコミが事例を報道していないだけかも知れないが。
 一斉休校が社会崩壊を起こしかねないと、一旦はあまりに突然すぎる休校に反対した千葉市長も翌日にはトーンダウンするしかなかったし、感染者がいないことを根拠に一斉休校を見合わせていた賢明な小野市も、一人の感染者が出たことで、一斉休校に踏み切らざるを得なかった。
 インフルエンザ並みの処置で良いとする論調など全く報道されなかった。圧力は自由な論議を封殺する形で進行した。これこそファシズムである。

4. 現代の治安維持法制定への一里塚=コロナ特別措置法成立

 3月13日、与野党の殆どの賛成で、首相の一存で国民の主権を制限した上、罰則まで与えられる緊急事態法が成立してしまった。
 立憲民主党も賛成に回ってしまった。立憲民主党で『現行法で十分対応できる』という論調を張ったのは枝野党首だけだった。
 以前は「総理。総理は疑惑の総合商社」と言い、今回は「総理。魚は頭から腐るということわざをご存じですか。」という批判になっていないレッテル張りしかできない辻本清美議員や、不機嫌に挙げ足とりをするしかない蓮舫議員などの入党を受け入れるしかない党勢だった立憲民主党は、それゆえに、党としては賛成に回ってしまった。

<おわりに>

 事態の進展の方が急ピッチで、例えば安倍が『医療崩壊を防ぐために全国一斉休校』を「発令」したのではないことを丁寧に論証しようとしているうちに、五輪問題が浮上し、すぐに1年程度の延期が決定されるや、学校再開をすぐに打ち出すなど、丁寧な論証をする必要がない速度で馬脚が現れている。
 こうした状況のもとで丁寧な論証をしても後追いになってしまって、「私が先に指摘していた通りでした」という、しょうもないごたらくを並べる結果になるか、よくて、事態の正確な分析を試みる学術論文にしかならない。
 新左翼はおおざっぱに言えば、『理論崇拝(フェチ)』の傾向があり、20世紀の物理学者が究極の素粒子の存在を信仰し追い求めたごとく、「究極の理論を発見できれば理想の社会主義を実現できる」かの幻想に支配され続けてきた。
 これに対しブルジョアジーは理論もへったくれもなく、対症療法的に現実に接近しようとし続けることで、現実主義を手に入れてきたと言っても過言ではない。ただし、これは欲得づくの資本主義によって歪められて、ファシズムを不断に生み出す「現実主義」であり続けてきた。
 このブルジョアジーの「現実主義」に対応するために、コロナ肺炎問題に関してはこまめな(系統性のない)現実への働きかけをしていきたい。


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