共産主義者同盟(火花)

「資本主義への対抗とオルタナティブ」について

斎藤 隆雄
429号(2019年1月)所収


 昨年末にかけての株価の世界的な暴落は米中貿易戦争とトランプリスクにあるという一般的な論評が蔓延する中、日本での日産ゴーン逮捕と日韓軍事衝突キャンペーンというブルジョアジーの宣伝戦が展開されている。Gゼロという近年流布する世界情勢の特徴はまさにブルジョアジーの権力ブロックの分散と衝突が顕著になってきていることにあるようだ。フランスにおけるジレ・ジョーヌ運動もまたそのような現象の象徴のような様相を呈してきているが、これらが方向性もなく展開されてきていること自体が次世代の世界を準備する予兆なのだろうか。あるいは、その背後で本質的な歴史的激動が動き始めているのだろうか。

1.白川論文の現状分析

 昨年11〜12月に白川真澄氏の詳細な世界情勢分析が『テオリア』紙に掲載された。氏の分析が現在の世界情勢を見事に捉えていることを認めつつ、そこで提起されているオルタナティブに関わって現状の背後に隠れている問題点を取り上げてみたい。
 白川論文は「リーマン・ショックから10年」というサブタイトルの示す通り世界経済情勢の網羅的な分析は見事だ。論文の基調は、全般的な世界情勢の傾向性を「低成長の常態化」と捉えている。その根拠は「グローバリズム」と「サービス化・情報化」という産業の構造要因である。資本の投資行動の減退とその結果である低金利・低インフレによって、完全雇用状況下での低賃金というフリップ曲線の無効化といった現象が起こっている。

 どこの国でも、低賃金の非正規雇用が急速に増えている。…また、製造業の縮小とサービス化・情報化の進展のなかで、雇用の二極化と賃金格差の拡大が進んでいる。

 これらの雇用の二極分化、賃金格差の顕在化という実態は先進各国の共通の現象である。この世界的な傾向性はリーマン以降顕著になってきたものであり、90年代以降の金融資本主義の現段階における必然的な結果でもあるということは本誌においても指摘してきたことである。氏の分析に沿って見るなら、既存の産業分野(製造業)における新興国の急速な成長によるコスト競争と新産業分野と称されるIT産業やバイオ分野の労働節約的要素及び低エネルギー消費要因が先進国資本主義の姿そのものを変えつつあると捉えることができよう。
 また、これらの「構造要因」によって企業部門が資金余剰となっているにも関わらず、その資金が労働分配とはならず「M&Aや株主配当に向けられている」ことが、主要国の金融緩和政策と連動して、「低金利が長く続く最大の理由」となっているとみている。世界の主要企業が抱える現預金が17年末段階で10.3兆ドル(1150兆円)となり、10年間で2.5倍となったと指摘し、実体経済が空前の好況を続けていることを明らかにしている。このように我々の生活実感とは真逆の現実を知るにつけ、なぜこのようなことになってしまったのかという疑問が沸き起こってくるのは当然であるだろう。ここにこそ事態の本質の一端を垣間見るべきだ。空前の資金余剰を労働分配に回さないという企業判断の主要な要因は、国内投資ではなくM&Aだということであるなら、それがなぜ必要になってきているのかを考えるべきだろう。

 国内で研究開発や生産設備に投資するよりも、優れた技術を持つ海外企業を買収・合併した方がずっと儲かる。日本の企業が海外で稼ぐビジネス・モデルにシフトしていることは、セブン&アイやユニクロといったコンビニやアパレル産業の大手企業が海外の店舗拡大に力を入れていることを見ても分かります。

 つまり、すでに企業は自前主義ではなく、海外や他企業との競争戦の中で自らの活路を見出しているということなのだ。これは先進国だけではなく、新興国をも巻き込んだ世界大の競争戦となってきている訳である。それは単純な海外進出や低賃金労働者を求める従来の新植民地主義ではなく、それを基礎に置きつつもより拡大され複雑化した資本の侵攻が始まっていると見るべきだろう。先進国の製造業を追いやり空洞化を進めつつある新興国産業の勃興においても、他方では資本と技術の両面において先進国多国籍資本によるコントロール下にある限り、その帰趨は一方で先進国経済によって規定されもう一方で新興国の成長に脅かされているという、相互に促進しあいかつ抑制し合うという構造にあることが明らかになりつつある。
 私の見る限り、これは従来までの南北問題の質的転換であり、先進国新興国を問わずに勤労者層の二極化という現象による世界的なプロレタリア階級の形成を招き寄せる可能性を拡大させ、今後の世界資本主義の帰趨を決定づける要因となるだろう。この傾向は押しとどめることができず、今後ますます先鋭化していく以外に資本の生きる道はないように見える。

 氏はこれらの現状分析の最後に「経済成長の復活は可能か」と自ら問いかける。人口減少とAI化・ロボット化による代替的労働による経済成長は可能だという言説を紹介するとともに、それらが格差拡大を促進するだろうことを指摘されて、成長に懐疑的であるようだ。更に付け加えるなら、現在安倍政権が舵を切りつつある移民政策においても雇用の二極化を前提にした政策であることが明らかである以上、ブルジョアジー自身も既に格差拡大と二極分化を既定の事実として政策体系を構築しつつ、「パンとサーカス」政治を路線化しつつある。
 また同時に、現在日本における資本行動の顕著な傾向性は文化的社会的現象において危機的な様相を見せつつある。国内における権力ブロックの分散的傾向と排外主義及びブルジョア国際主義のせめぎ合いとが錯綜しつつ、方向性を失いつつある。特捜のゴーン逮捕による大企業取締役層の巨額報酬への批判は、一方で革新機構の報酬問題に見られるようにブルジョアジーからの反旗を招いている。また朝鮮半島情勢に対する無対応と排外主義、「自己責任」論の蔓延による退廃的傾向は、政権が掲げる国際的お祭り騒ぎ(オリンピック・万博)の空洞化と大衆的遊離を招きかねない。これらの現象は、自覚的労働者階級の形成を恐れるブルジョアたちの未来への無展望を示しており、早晩見透かされる運命にあるだろう。

2.債務危機を如何に捉えるか

 白川論文の後半は「巨額の債務」リスク問題で始まっている。本誌においてもこの問題は幾度となく取り上げてきたので、今更言及する必要はないように思われるかもしれないが、問題はこの世界的な債務の累積が現在の資本主義の根源を支えているという意味において、ただその規模の巨大さにのみ注視するわけにはいかない。氏の指摘されるように、リーマン以降様々な規制により金融恐慌の危険性は遠のいたと言われるが、問題はギリシャにおいて現れた「債務危機」とはどのようなメカニズムにおいて発現したのかが重要となってくる。リーマンにおける住宅ローン債務も、ギリシャにおける国債問題も世界的な緩和マネーとIMFの緊急融資によって取り繕われたように、中央銀行と国家による貨幣創造という秘密のベールに隠された手段が何をしているのか、が依然明らかになっていないのである。
 国債の大量発行による緩和マネーによって危機をしのいだ金融システムは、一方で先に挙げた低金利による償還負担の低減化を図っていることは周知であるが、ではこの循環が破綻するという根拠はどこにあるのだろうか。ギリシャやイタリアにおける金利の急上昇は、ECBという特殊要因に関わって生じた現象(ドイツの拒否)であるという批判がある以上、一般化できないし、現在の欧州左派の金融政策が「緩和マネーによる成長戦略」であることもまた彼我を同一視できない所以である。
 今、FRBが金利を上げつつあるが、これが正常化への一歩であるというなら、トランプのFRB批判は何を意味するのであろうか*1。日銀の低金利政策は単に膨大な国債償還を低減するための政策なのだろうか。問題は一筋縄ではいかない。確かにこれらの膨大な緩和マネーがバブル経済を支えているという見方も可能ではあるし、昨年来からの株式相場の乱高下はその兆候を示しつつあるのだが、ではそれらのマネーの債権者たちはどこにいるのか、そしてそのマネーの債務者たちはどこにいるのか。マネーを運用している世界的なファンドと金融資本は世界中から貯蓄を集め、住宅ローン、学生ローン、自動車ローンへと貸付け、その利ざやを稼ぎつつ、他方で株式、通貨、R&A、資源の市場価格の乱高下による利ざや稼ぎへと勤しんでいる。これらのマネーの分配がブルジョアジーの富の源泉となっている世界において物とサービスの生産は、それらの金融取引の素材ではあっても目的ではなくなってきているわけである。
 資本主義が物とサービスの生産において主たる動機とならず、債務マネーの再配分によるアービトラージが主たる動機となる世界とは何か。IT産業が隆盛を極める資本の世界が、何故かくのごとく情報を奪い合い、巨大企業として成長していくように現れるのか。需要が無形財となればなるほど、それはレント化せざるを得ず、価値が無効化しているように見えるし、生活財のIT化とならざるを得ない*2。情報による管理社会とは「限界費用ゼロ」の理想社会ではなく、中古市場とシェアリングによる労働者階級の生活防衛とがセットになった固定された身分社会という中世世界の現出なのだとも言えるのでないか。資本の駆動力であった利潤源泉がピューリタン的世界観からゲーム的世界観へと転換していくことで、世界はその道具である情報と債務貨幣という素材を必須としているのだろう。
 資本主義への対抗としてのオルタナティブとは今や資本主義がこれまでの物差しでは測れない異様なものとなってきていることを理解した上で、この課題に立ち向かわねばならない。

3.いくつかの問題

 まず、第一に教訓としなければならないのはギリシャ問題である。ギリシャにおける敗北は、シリザがユーロからの脱退を決意できなかったことに決定的に示されている。ドラクマへの転換という自国通貨への回帰はおそらくそれほど夢のある展望ではないとはいえ、現在のギリシャの苦境以上にはならない。それは、ユーロ統合の失敗というより、民主主義の失敗であると捉えるべきだろう。単一原理よる地域統合が資本の運動の原理であったことは近代以降の歴史が示すところであるが、これは数百年の資本の運動による歴史的な教訓として明記しておくべき結果を招いている。都市化と市場集積、貨幣統合と資本統合が果たした結論は、物理的空間的限界を克服して今や世界中の情報の集積と統合へと向かっている。これらの資本の歴史的結論は生活世界の貧困と頭脳世界のユートピアを招いた。
 白川氏のオルタナティブ提起がGAFAに代表される巨大IT企業への批判から始まっていることは重要である。「個人情報が重要な価値を持ち、その膨大な集積が巨額の利益を生んでいる」と同時に、「個人情報の自己コントロール権が奪われている」という現実の指摘は民主主義そのものをも変革させる問題である。今EUで実施されている個人情報保護の動きを肯定的に評価する一方、この世界大でのネットワークが脱税行動に結びついているという相反する問題とが重層しているのである。個々人の情報が保護されなければならないという原則と企業行動が秘匿されているという実態とは、コインの裏表である。全ての企業活動が公開されなければならないことと、個人の経済活動が秘匿されなければならないということとの距離はどれぐらいであればいいのかという問題が常に頭をもたげてくる。これらは単に一般的な公共的規制として片付けられない深刻な問題を提起していると言える。
 経済活動のデジタル化が進めば進むほど、民間情報企業へ個々人の経済活動情報が集積され、そこから個々人の様々な属性が解明されかつ予測されていくことは、今国家が進めている監視・管理社会の利害と共有する。これは今中国共産党が進めている国家管理手法が最前線のようだが、早晩先進資本主義国家においても採用されるものであることは自明だ。この方向性は日本やシンガポールなどの統治形態と親和性があり、アジア的な社会構造あるいは都市国家的な統治構造に似つかわしい。問題は、これらの監視社会化への動きに対して、「個人情報の保護」という理念がどれだけ拡張できるのかということである。公共空間の拡張を企業活動へと適用しようとすれば私有財産制の壁にぶつかり、企業社会と大衆社会という二重の理念を持ち出さない限り、ブルジョア民主主義は生き残れない。中国共産党は自らの帝国を「社会主義」社会に似せて作り上げようとしている過程で、この民主主義の壁をいかに突破するかという問題に直面している。かつての「計画経済的社会主義」理念がそうであったように、この問題は資本主義が機能しなくなった現在においても資本主義を支える構造として根強く生き残っている所以でもある。
 この矛盾を突破する理念は今の所、「ローカル」というスローガン以外には見当たらない。

 資本主義に対する民衆の対抗とオルタナティブの創出にとって、ローカルから出発することが重要だと、私は強調してきました。…先進国でも新興国・発展途上国でも、ローカルこそ非資本主義的な社会のモデルが芽生え、たくましく育つ舞台となります。そこに、資本主義の世界システムを草の根から蚕食するオルタナティブの確かな手応えを、人々は手に入れるでしょう。

 白川氏の論文の最後に提起されている方針は、この「ローカル」である。この「地域内循環型経済の構築」という提起は、これまでも様々な人々によって提起されてきているが、この提起が持つ理念はより拡張されなければならない。つまり、「地域内」という曖昧な言葉ではなく、国家との関係性をより明確に規定しなければならない。氏は、「重要と思われる二つの事柄」として、エネルギー問題と金融問題を挙げているが、これこそ国家が抱えている最重要問題であり、国家が外交と戦争を持って確保しようとしてきた課題である。故に、この「ローカル」という方針はいわば「反国家」というスローガンと相似形なのだということをはっきりさせなければならない。問題は、「再生可能エネルギー」や「地域金融機関」で解決できる問題ではないことは明らかである*3。それは突破口ではあっても、終着駅ではない。氏の言説が事の本質を前にして寸止めされていることが残念である。この「確かな手応え」の次に来る社会像は何なのかをはっきりとさせない限り、確かな方針とはならないのではないか。エネルギーの自給と貨幣の創造とは、明らかに一つの国家を形成する必要条件であり、この「地域=国家」を資本主義から離脱するための条件であると確定し、そのための政治をこそ提起することは、現在の階級闘争にとって喫緊の条件ではないだろうか。反原発運動と安保問題、沖縄基地問題等の様々な政治課題にとってこの方針は限りなく有効であると考えるが、如何。

脚注

* 1 年初にパウエルFRB議長が利上げのペースを落とすと発言。株式市場の乱高下に対する危機意識だと伝えられているが、長期金利の頭打ちに対する国内金融機関への防衛だと見える。
* 2 物的生産財がネットワークと繋がっていることで価値が決まるという現実は、剰余価値のIT産業への移転と考えるべきだろう。それは他方で消費行動が商行動へと擬制されることでますます促進されている。
* 3 とりわけ、地域金融は日本の金融改革にとって緊急の問題である。地域銀行の統合などの政策が云々されることがあっても、地域金融を守る法制度は皆無である。コミュニティバンクの育成を図る制度設計がこれからの課題となる。




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