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新たな帝国循環か

斎藤 隆雄
428号(2018年11月)所収


 米中間選挙が終わって、トランプ政権はこれからどのような世界戦略で望むのであろうか。今年の初頭に株価の若干の調整が起こり、その後何度かの乱高下を繰り返している。今また、世界的な株価調整が起こり、ニューヨーク市場も東京市場も2〜3%の乱高下を起こしている。これらの兆候とマスコミがしきりに喧伝している米中貿易摩擦の行く末が注目を集めているが、問題はそこにはおそらくないのだろう。

1.アジア通貨危機からリーマンへの過程

 90年代後半の帝国循環はアジア新興国への短期資金の流入によるアメリカへの還流という循環がドル高政策によって維持されていた。この帝国循環はおよそ10年毎の成長と破綻を繰り返しているが、90年代はアジア通貨危機によってその限界が露呈した。当時、アメリカの純債務は1兆ドル(98年)を超えており、経常収支も過去最大を記録し続けていた。そしてその後のアメリカの帝国循環はどうなったか思い出してみよう。世紀の変わり目に起こったITバブルを挟んで00年代は周知のようにモーゲージ担保証券(サブプライムローン)による土地バブルという国内危機へと発展したのであった。ついにアメリカの成長戦略(収奪対象)は国内へと移動したということである。その破綻がリーマンショックであったのだが、その間、06年をピークに経常赤字は従来の底なし沼からは脱出している。00年に4000億ドル台であった経常赤字は直近で1000億ドル台にまで下がってきている。貿易収支のトレンドに変化は見られず、これらの減少は主に所得収支による改善なのである。
 しかし、それはリーマン以降における劇的変化なのかといえば、それは全く違うのである。BIS統計によれば、98年の外国為替取引額は1日当たり1兆5000億ドルであって、世界全体の貿易額5兆4000億ドルの100倍を超えていたが、16年における同様の統計を見ても、量的には3.3倍となり100倍という格差は縮まるよりも拡大していると言える。(5兆ドル/日と17兆ドル/年)つまり、世界の金融循環構造の基本はほとんど変わっていないことが伺える。
 アメリカにとってリーマンショックによる危機はどのような教訓を与えたのであろうか。まず第一に言えることはあれほどの金融崩壊現象を乗り切れた所以は、中央銀行(FRBと米財務省)による大胆な金融緩和に求められる。これこそ第二の大恐慌と見られたものをわずか数年のうちに回復させた理由である。しかし、現在そのアメリカの経済成長は遅々としたものであることも確かである。リーマン以前と比べればよくわかるが、その低成長の理由は何なのだろうか。(リーマン以前3%からリーマン後2%へ)

2.10年代の帝国循環

 アメリカの製造業の凋落ぶりはトランプ政権の登場によって注目された「ラストベルト」で目に見える形で明らかになった。既に80年代から始まったアメリカの帝国循環そのものが製造業の没落とIT産業の勃興というアメリカの光と影をくっきりと象徴している。情報産業と金融とが相携えて発展してきたのがここ半世紀のアメリカの成長戦略だった。故に、アジア通貨危機からの脱出のために土地バブルが現れたのは必然と言えるのである。ついに国内における収奪構造へと移行し始めたアメリカ経済にとってリーマン以降は暗中模索の過程だったと言える。それは巨額に膨れ上がったドル債務の維持と成長経済の根源である帝国循環を如何に維持するのかということなのである。グローバルインバランスはドルの信認の下に成り立っているのであるから、それを支えているアメリカの金融仲介機能が変調すれば持続可能ではない。
 10年代の経常収支の改善が示すように、今日のアメリカ経済を支えているのはIT/金融産業の知的財産と海外投資による収益であり、この命綱を維持することが帝国循環の要となっているのである。つまり、そのような現実に対してトランプ政権の保護貿易政策は整合的なのかが問われている。これは、これからのアメリカの戦略的課題だと言える。現在の株式の微調整は投資家の不安とリスク選好を示しているが、このまま保護貿易を追求していけば、自ずと行き止まりへと至ることは明らかであろう。単純な保護貿易は世界的分業体制を分断するものであるし、ブロック化を可能とするような囲い込みは世界的な金融循環を阻害するだろうからである。
 世界的な30年代への回帰が不安視されているが、状況は確かに相似形だと思われる。しかし、30年代における希望は曲がりなりにもアメリカ経済であったのだが、いよいよそのアメリカが没落を開始したと見ることができよう。しかし、ここで勘違いをしないでおきたいのは、ドルの帝国循環はおそらく当面維持されるであろうことである。それはこれからバトンを渡されるであろう中国経済が30年代のアメリカほど強力ではないからだ。30年代のアメリカにとっての世界戦略を阻んでいたのは、大英帝国のスターリング圏であったように、今日中国にとっての世界戦略を阻んでいるのは、アメリカの帝国循環とそれを維持している日本とEUの二つの経済圏であって、これを対アメリカにおける中立圏へと移行させるのが彼らの当面の目標となるはずである。ということは、中国にとってトランプの保護貿易主義は痛みを伴うものの一定の展望を持って対処できるものでもある。
 トランプ政権の今後の動向によっては、アメリカ没落の速度が早まるのか否かが注目されるのであるが、少なくとも現在の帝国循環が80年代から数えて4期目にあたり、いよいよどん詰まりが見えてきたとは言えるのである。だから、トランプにとって中間選挙後の取るべき最善の方向性は、帝国循環の第5期に向けて知的財産(権益)の保護と新たな投資対象の開拓でしかない。故に保護貿易主義的恫喝の後に来るのはドル安志向による国内産業の競争力強化ということになろう。しかしこれはドルへの信認を危うくする路線でもある。今や先端産業の稼ぎ頭はIT関連であり、これは知識集約型の労働力節約産業であり、雇用や投資の拡大を生み出さない。そこでトランプが志向するのがインフラ投資なのだが、これらは帝国循環との関連を持っていない。つまり、忍び寄る帝国衰退の前提が揃いつつあるということである。

3.帝国主義の最も弱い環

 ドルの帝国循環が衰退していく兆候が現れたとはいえ、それに取って替わる基軸通貨が現れそうにもない。中国は一帯一路戦略の下でユーラシア大陸を縦貫する陸の覇権を目指してはいるが、決済通貨としての元に対してはその流動性を限定している。であるなら、当面ドルはその決済通貨としての地位は安泰であるとも言える。しかし、帝国循環の歪みが増してくれば世界経済の収縮は避けられないだろう。その際、帝国主義の最も弱い環はどこだろうか。
 アメリカとEUが第一次産品の自給と国際分業の幅で言えば、十分とは言えないまでも、相当の資源を持っているが、日本はその限りで言えば最も脆弱である。食料自給率でも、一次産品の自給においても最も脆弱な産業構造である日本は、帝国への寄生によってしかその持続性が保障できない。この国際条件の下で30年代のようなブロック化が始まれば、当然その争奪戦の舞台は東南アジア一帯となることは確実である。つまり、その弱い環の日本の外交路線は多国間主義ということにならざるを得ない。最近の安倍政権の国内外政策を見てみると、そのことが意識されていることは明らかである。
 それらのことを前提にして、現在の日本の階級闘争上の課題を考えると、安倍政権のウィークポイントは対大陸政策であると考えられる。対中国もしくは朝鮮半島へのスタンスは相変わらずの及び腰で、目新しい戦略が見えてこない。その意味では、30年代の回帰現象を思い出させる。ドルの帝国循環が機能している間はこれらの曖昧なスタンスは当面維持できるだろうが、一旦この前提が崩れると一挙にその脆弱な基礎が掘り崩されると見ていいだろう。
 故に、このことを意識させる政治課題こそが今後の焦点となることは確実である。つまり、帝国循環を巡るアメリカとの角逐がその焦点となるだろうということである。いつ、どのようなタイミングで帝国循環から離脱するのか、そしてその離脱後の戦略はどうあるべきか、といった課題は今誰も提起していない。第5期に突入するだろう20年代に向けてこれは焦眉の課題となることは確実である。


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