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ミニブラックマンデー

斎藤 隆雄
422号(2018年3月)所収


 本年二月初頭、ニューヨーク株式市場でバブルが弾けた。5日の1200ドルほどの下落が一番大きかったようだ。下落率は5%、額は大きいが率的にはそうでもない。現在は幾分戻して小康状態を保っている。きっかけは、いろいろと憶測されているが、主なところは物価上昇率が想定より大きかったということのようだ。景気が過熱気味だから、FRBが利上げを急ぐだろうというのだ。しかし、そういった表層的なことはさておいて、いま、世界経済の深層で何が起こっているのかを探らなければならないだろう。

1.歴史は繰り返すだろうか

 2008年9月11日のリーマンショックにおける株式下落(41%)からちょうど10年が経った。かつて19世紀の恐慌周期が10年だったことを思い起こせば、この法則が見事なまでに貫徹されていることに驚かされる。では、今回の株式下落は何を意味しているのだろうか。そして実体経済へどのような影響を及ぼすのだろうか。
 エコノミストの吉田繁治氏によると今回の下落は「ミニブラックマンデー」とのことである。1987年10月の突然の株式下落は就任早々のFRB議長グリーンスパンを慌てさせたという逸話を思い出させる。今回も新議長パウエルが就任した直後であり、彼も大忙しの一ヶ月であっただろう。まさにその規模と言い、タイミングといい、「ミニブラックマンデー」と呼ぶにふさわしいのかもしれない。そうであるなら、これは上がりすぎた株式バブルの微調整ということになるのだろうが、30年前の再演が周期的な資本主義経済の脱皮だとするなら、今回のミニ恐慌は何が原因で、何を変化させるのだろうか。
 87年のブラックマンデーは、80年代のアメリカ金融資本の国内再編とプラザ合意、ルーブル合意という帝国主義間の利害調整が頻繁に行われていた時代であったし、レーガンの新自由主義政策による金融グローバリズムの開始の時期であった。いわゆる投資銀行が新たな金融商品を引っさげて登場する前夜であったわけだ。他方で、アメリカ国内地方銀行の連鎖倒産と再編という金融業界の激動期でもあった。その意味で、今年のミニブラックマンデーは何事かの始まりを予感させる。

2.量的緩和の出口

 昨年秋以降、FRBは量的緩和で膨れ上がった資産の整理を始めた。そして、今年後半はECBが量的緩和の終了を宣言している。取り残される日銀は、黒田が再選されて市場は出口がまだ先なのか否か疑心暗鬼になっている。しかし、十年間のリーマンショックの後始末を終了させるという情勢の中で株式市場が反応したというのは単なる偶然ではあり得ない。欧米日の主要先進国の中央銀行がばらまいた巨額のマネタリーベースはその標榜した目標にもかかわらず、政治的にはほぼ失敗に終わったといっていいのだろう。確かに、リーマン以降あれだけの危機の中で実体経済へのダメージは軽微だったという見方もある(29年恐慌よりはという意味で)。そしてそれが量的緩和政策の成果だと言いたいのかもしれない。
 しかし、リーマンショックを起こした金融世界経済の構造そのものは何ら変化していないばかりか、むしろ「進化」している。そしてリーマン以前の実体経済成長レベルをさえ回復できてはいない。問題は有り余る貨幣が実体経済へと還流せず、株式/金融商品と資産へ注ぎ込まれるという構造そのものは微動だにしていないということである。むしろこの十年間の国家による国際金融資本への救済策は事態を新たな局面へと招き入れたというべきであろう。リーマンショックという新自由主義政策の敗北に対する国民国家の防衛という意味でのニューケインズ主義的財政政策と量的緩和は実体経済への総需要拡大という課題すら達成できず、株式・債券・土地バブルを再演したにすぎないことが明らかになった。世界貿易の停滞とともに先進国経済は緩和マネーによって国内経済構造改革さえも停滞し、今や前にも後ろにも進めない停滞局面で金融緩和政策を諦めざるを得なくなっている。欧米日の各国は新自由主義政策によるグローバル経済によって拡大した多国籍サプライチェーンと自国権益との矛盾に苦悶している。拡張された製造業の世界的分業体制は先進国のデフレ現象と低金利を招き入れ、自国の投機金融経済を必然化させ、国内植民地経済と格差拡大を防ぐことができない。国内的経済構造の矛盾は政治的反動を生み出し、自国権益とグローバル経済とが耐え難いまでにぶつかり合う下部構造の矛盾を反映する政治的困難が増大している。量的緩和の縮小は今後、帝国主義間の国民経済的利害の衝突と新興国経済への金融的打撃を招き入れるであろう。それは、87ブラックマンデーが97年アジア通貨危機を招いたような循環の道を歩み始めるだろう。
 問題はしかしながらより複雑になっている。米帝国主義が始めた量的緩和縮小は政策金利の上昇により国債依存に傾斜していた債券経済が逆回転し始めるからである。負債経済という今日の世界経済の構造に逆らって実体経済を再建しようとしても、もはやそれを許すような時代ではなくなっている。つまり米国自体が世界通貨ドルを手放さない限り目的を達成することは不可能であることが明らかになりつつある。

3.トランプの挑戦

 米トランプ大統領の来年度の予算構想が明らかになり、彼の願望と現実との乖離がますます拡大しつつある。米政府あるいは与党共和党内部の矛盾が顕著になってきていることがそれを如実に示している。ブルジョア内部の矛盾が露骨なまでに表面化し、米政府の世界戦略をさえ不安定化させているが、国際基軸通貨ドルへの信任をいつまで維持できるかは、この米国内政治闘争の帰趨によって決定されるであろう。米銀行資本とその傘下にある投資銀行の利害は、リーマン以降の十年間でさしたる利益をあげることが出来なかった。その反面、ノンバンクとヘッジファンドが低金利と債券経済の利益を独り占めしてきた。このことはFRBの政策金利上昇の圧力を強める結果になっている。しかし、これはトランプの願望とは裏腹の関係にある。彼の製造業復活プログラムにはドル安が必要不可欠な要件なのだから、グローバル金融資本にとっては取払わねばならない壁としか映らないであろう。この危うい均衡そのものが今の世界経済を不安定化させる根拠でもある。
 今回の「ミニブラックマンデー」は、世界的な好況局面で米銀を中心とした巻き返しが企図されているはずだが、果たしてそうなるのか否かはまだ見通せない。なぜなら、トランプ政権の対外貿易政策と国内投資戦略が確定していない以上、あまりにも不確定要因が多すぎるからである。おそらく、それがトランプの強みでもある。今年の中間選挙がターニングポイントとなるだろうというのが大方の見方であるが、彼は安倍と同様、確たる理念があるわけではなく自らの有利な方向へと転ぶというボナパルト的傾向が強く、従来の物差しでは予測できない。新聞報道によると、トランプは経済閣僚のコーンを解任する際、ツィッターで「対立する意見を戦わせ、最後は俺が決める」と書き込んだそうだ。まさに、ボナパルトを地でいく発言ではないか。
 そうであるなら、今回のバブル崩壊は地殻変動の前兆と見ていいだろう。積み上がる財政赤字の尻拭いを中国と日本がこれまで通りに継続するならば、当分の間はドルは安泰であるだろうが、その寿命もそう長くはない。安倍はともかく、習はそれほど脆弱ではないはずだ。となれば、東アジアの地政学上の激動が事態を決すると思われる。90年代の東アジアの金融危機の再現は起こりようがない。そのようなグローバル金融資本の再演を許すような時代ではなくなっている。むしろ、米帝のアジアにおける政治的軍事的地位の決定的な後退の可能性が高まることが予想される。徐々に始まっている世界経済と政治の変動に対して、我々は準備ができているのだろうか。そこが問われなければならない。


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