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東京都議会議員選挙の示すもの

渋谷 一三
419号(2017年9月)所収


<はじめに>

予想された通り、「都民ファーストの会」が圧勝し、自民が歴史的大敗の23議席に沈んだ。
共産党は17議席から19議席に微増しただけであり、民進党に至ってはたったの5議席に沈み、大敗を喫している。
大阪維新の会が反自民の受け皿になって以来、大阪の民主党の組織は壊滅してしまった。東京の民進党の組織も同じ運命を辿ることになろう。
自民以上に危機的なのが民進党東京組織なのだが、民進党にそういった認識なり危機意識なりはなく、同党の更なる支持率低下・消滅への道を邁進している。

仏大統領・国民議会議員選挙と同様の現象が日本でも起きていることが、今回の都議選で顕在化された。
既成政党の枠組み、ことに「左翼」と呼ばれた労働組合などを基盤として社会主義ないし社会民主主義を標榜してきた組織が世界的に消滅に向かっているという現象である。

1. 靖国神社参拝を欠かさない右派強行派と分類されている小池氏

この指摘は覇権主義大国中国の公式見解である。
確かにその通りであり、結局豊洲へ移転することを決め、石原乱脈都政の追及をやめ、森善郎元首相が支配するオリンピック組織委員会の決定をこれまた結局追認した。
そもそも石原乱脈都政追及も、初めから大罪である「東京都銀行」の設立と倒産という大損失を除外して、豊洲移転の乱脈だけを問題にしていた。「右派強行派」としての小池氏の元々の支持基盤が石原慎太郎と多く重なりあうため、石原都政を誕生させた石原ファン部分を自らの支持基盤としてつなぎとめておきたかったからに違いない。知事選出馬を妨害した石原一家への報復だが、徹底的に報復することは自分の支持基盤を潰すため、お灸をすえる程度で手を打ったのである。
なかなかしたたかではある。
反自民票は自民支持層の3割からでたが、これに他の多数の有権者が乗せられて、保守支持層が増えたかのごとき現象を呈している。表面だけみれば、日本の保守層が増え、自民以外の選択肢を持つまでに至ったかのように見える。
なるほど、そうであれば「2大政党制」を標榜した新保守である民主党が支持率を低下させている現象を理解することが出来る。新保守でありながら保守に純化出来ず、労働組合にへばりつかれ仕方なく米国民主党リベラリズムという謎の潮流を模倣しようとして出来ず、民進党となり、さらに解党「ガラガラポン」を迫られていることも理解できる。
そもそもリベラリズムなる概念操作は物的根拠を何ら反映していない観念論に過ぎなかったのだから、橋下徹氏や小池氏のように新保守を上手に演出してデビューさせたならば、この方が圧倒的に浸透する。
社民主義は都民ファーストと組んだ生活者ネットワークが3議席から1議席へと逆に敗北してしまった事態に象徴されているように、近未来を提示することが出来ず、消滅へと向かっている。
危ないことに、社民主義の衰退の穴を埋めているのは、日本でも、第1次世界大戦後の世界と同様、労働者下層階級を一旦取りこむことに成功したファシズム政党である。
「大阪維新の会」や「都民ファーストの会」のようなネオ・ファシズム政党の伸長に、日本の「言論界」は、それがネオ・ファシズムだと気づいてもおらず、ましてやそれが労働者下層の方向性のない激烈な怒りを利用して取りこんでいることに気づいていない。
野党たるべき民進党が消滅に向かっているのも、こうした「言論界」の認識能力の劣化にも起因しているのだろう。

2. 豊洲とオリンピックのイメージ操作で浮動層を取り込んだ「都民ファ」は、何をしようとしているのか。

小池知事は結局のところ豊洲市場への移転を決めることで、石原都政の東京都民銀行の設立と倒産に象徴される乱脈政治の暴露を止めてあげることにした。また、オリンピック会場問題にしても、老害元首相・現オリンピック組織委員長森の圧力に屈し、何ら改善もすることなく幕を引いた。
結局のところブルジョア右派同士の政治の幅では、非和解的対立はないことを証明して終わった。マルクス主義の教科書があるとすればその1ページ目で、小池劇場は終わった。自己の狭い利害のために、腐敗した浪費政治の暴露をにおわしただけだった。
こうして事態を収拾させてしまったにもかかわらず、一旦ひるがえしてしまった反旗はブルジョア右派同士という極めて近い政治的立場にも拘わらず反目感情と憎悪のしこりを残してしまい、この程度の政治的には意味のない対立を克服することが出来ずに自走を始めてしまった。
 しばらく自民党を辞める決断すら出来なかった若狭衆議院議員が、「日本ファーストの会」なるものを立ち上げてしまった。
 滑稽なのはここに、民進党の細野豪志なる議員が接触を図り、民進党を辞めてしまったことである。民進党の半分近くを占める右派はブルジョアジーの代理人であり、自民党と差別化が出来ずに苦しんでいることを表明してしまったのである。
 民進党は分裂し、半分は自民党に行くべきなのである。
 この民進党の分裂を避けるために、「連合」は右派の前原氏を代表選で支持するという姑息な手法を使ったが、維新を吸収した民進党が分裂するのを少し遅らせるだけのことであり、民主党の復活を願望するならば、前原や野田などの松下政経塾出身のお友達をきり、社民党と社民主義の今日的措定をする以外にはない。
 こうした突き付けられた課題を認識することすらできない「連合」などの労働組合政治は、何も提出することが出来ないまま右往左往するだけである。
 「日本ファーストの会」もまた、自身がブルジョア政治なのだから、自民党との決定的相違を打ち出すことも出来ず、一時の流行に終わっていくことは間違いない。
 
 こうなると、1970年以降に急速に生み出された労働者下層という新たに登場した政治セクターの鬱屈したエネルギーが、どのような政治的変革を国会という上部構造に与えて行くのか、ここを取りこむのはどのような政治セクターなのか、この熾烈な闘いがこの先数十年の日本および世界の政治・軍事状況の帰趨を決定していくことになる。
 
 方針が打ち出せていないことは新左翼も同じである。それが、新左翼という言葉が死語になりつつある現実をもたらしている。
 新左翼は暴力革命の復権だけだったのか、世界革命の復権を標榜しただけだったのか。
この点は別稿でもう少し丁寧に分析していくこととしたい。


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