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左折改憲論は誰の方針か

斎藤 隆雄
405号(2016年2月)所収


 沖縄の米軍基地を撤収させようというオール沖縄の政治運動と、安倍政権の安保法制への反対運動が昨年の大きな大衆的抵抗運動であった。これは70年安保以来の大きな大衆的うねりであったと評価する人たちもいる。国会議事堂前を埋め尽くしたデモ集会は、反(脱)原発運動の官邸前デモと引き続いて社会的流動性が起こっていることを感じさせる。
 では、これらの運動が到達しようとしている地平はどんなものなのだろうか。戦後の大衆運動の敗北の歴史を紐解いてみるなら、2.1ゼネストから60年安保、70年安保という何度もの大衆的決起の中で何が足らなかったのか、何が敗北の原因だったのか、それを問いかける機会に今我々は遭遇している。
 この間、幾人かの在野の知識人たちが戦後日本の政治思想に鋭い分析のメスを入れ、これまでの日本の政治運動に於ける闇を切り開き始めている。この試みに対して我々は真摯に応える義務があるだろう。本論文は、そのための前提的な論議を提供するためにこそあると考えている。

1.憲法改正の必要性とは何か

 これまで、新左翼と総称される我々も含めた68年世代の左派は「憲法」についてや、その改正についてはほとんど言及してこなかったという歴史がある。それは、何故か?
 憲法改正は、戦後政治史の中で圧倒的に右派が主張していた。自民党の綱領的な政治目標であり、またそれがほとんど九条を巡るものであるが故に、外交と安全保障問題、世界の政治構造の中で日本国家がどのようにポジションを取るかという問題、更には太平洋戦争の敗北の総括の問題であり、「国民国家」の存立を巡る課題でもあった。そして当然「現憲法」の成立過程を巡る諸論争や、米帝国主義つまり国際政治構造に対する米国との、あるいは冷戦期にはソ連との、冷戦後には東アジア諸国との関係を論議するということを意味していた。
 一方、左派はこれらの国際政治構造への関わり方について基本的に異なった視点を持っていた。というのも、60年代における国際政治の左派的な位置は、広く第三世界への連帯という視点であり、反植民地闘争への支援と民族解放闘争への連帯を基本に置きつつ、自国の外交政策のあるべき姿を位置づけていた。それは憲法改正という自民党=ブルジョア政党政治の枠組みとはまったく位相を異にするものであった。故に当時の反政府闘争は、ある種の共同戦線が、戦後民主主義派である今で言う「護憲派」との暗黙の連帯と妥協が生まれていたと言えるかもしれない。あるいは皮肉を込めて言うなら、当時の左派の運動はこれら戦後護憲派=社会党・総評の大衆的基盤に乗っかって左派的言説を展開していたともいえるのである。
 だが、一方で今俎上にのぼっている若者たちの提起している憲法観は立憲主義における民主主義政治であり、議会を巡る政党政治のレベルの問題であって、左派から見る民主主義政治とは大きな距離がある。かつての左派から見た民主主義政治とは、「民主主義は時に排外主義的熱狂によって瞬く間に独裁政治に変貌する」という歴史的な記憶であり、ある種の戦後的教訓を保持している。民主的な憲法を守り、非戦の誓いである九条を守ろうとした時、それを実現する為に必要なものは法を巡る論議でも運動でもないという視点、それは明らかに当時のベトナム解放闘争や中国に於ける文化革命、あるいはゲバラが提起した「第二第三のベトナムを」という呼びかけに呼応するゲリラ戦の提起と同時代を共有する。政治権力(議会と行政組織/軍)は、支配階級が利害を貫くために用いる「道具」であり、法はその表現形態でしかない、という観点が根強く支配していた。だから、九条の非戦条項は違和感とまでは言えないものの、そぐわないものを感じさせたし、むしろ九条は非暴力主義的な響きをもって、ガンジーやキング牧師を思い浮かべるものであって、体制内改革路線を象徴するものと捉えられていた。これら二つの潮流は日本に限らず世界中の左派運動に付きまとっていた矛盾でもあった。
 68年革命と呼ばれる世界大での階級闘争は、実にこれらの矛盾を戦後政治の中ではじめて大衆的決起の形で表現したとも言える。フルシチョフのスターリン批判以降の戦後左派運動は、米ソ冷戦下における国際政治構造のもつ大義(イデオロギー)の欺瞞性を暴くものとして成長してきたのである。資本主義(自由主義)も社会主義(スターリン主義)も実態的には民族自決権を認めず、植民地経営に固執し、帝国主義的な利害を手放そうとはしないし、少数民族の権利も労働者階級の政治的自由も抑圧する。アルジェリアでベトナムでハンガリーでチェコでそれは繰り返し繰り返し見せつけられてきた。それはダブルあるいはトリプルスタンダードであり、自国ブルジョアジーのあるいは官僚組織の利益を何より優先し、労働者階級を愚弄し、抑圧し、民衆を弾圧する。これらの現実を、美辞麗句でちりばめられた法体系が覆い隠す。異議申し立ては、だから法の改正ではなく、現実の改正だった。
 しかし、現実とは何だろうか。左派は、現実とは帝国主義であり、資本主義であるとした。下部構造の変革なくして上部構造(法体系)の変革はありえないと考えていた。このマルクス主義の原則への固執に対して、上部構造の変革の必要性を対置した人々もいたが、それは市民社会論であったり、国家形態論であったりしたものの、憲法論議には至らなかった。なぜなら、九条を左派が論じると、すぐさまパリコミューンの原則へと、すなわち民兵の組織化へ議論が到達するからである。あるいは、現実の日本の軍事力たる「自衛隊」の「赤軍」への改組を論じなければならないからである。それは九条護憲派との軋轢を生み、現にある大衆的決起に分裂を持ち込むことになることは疑いがない。
 すべての左派がそうであると言わないまでも、このような議論を避けるためには自らの党派の軍事組織化という「前段階」的過程が必要であると考え、かつ手作りの「赤軍」を作り始めた時、日本に於ける革命戦略の意識されない空白部分が拡大した。それが実は今日の憲法を巡る論戦のイデオロギー上の位置を決定づけている。なぜなら、68年が提起した国際政治構造の虚偽意識を一切論ずることなく憲法改正を議論しても、ほとんど意味をなさないばかりでなく、今日の米帝国主義主導の世界政治の従属法体系となるしかないからである。
 憲法の改正とは、国民国家の基本的精神を規定するものであり、それが個々の個別の市民や国民の政治的権利をそれに預けるものである。薩長の下級武士たちが押しつけた憲法も、米帝が押しつけた憲法もそれがもつ時代的精神を反映して見事なまでに合理的であるが、歴史上一度として民衆の基本的精神として結晶したものではない。なぜなら世界政治の権力構造が民衆にとって常に無縁な遠い彼方にあるからであり、人々がそれを日常的に語り日常的に我がものにする条件がどこにも存在しないからである。左派が憲法改正について語らないのは、しかり当然であるが、またそれは革命の空白を生み出す根拠、リアリズムに反する戦略の欠如として常に自らに浴びせられた批判として甘んじなければならなくなる。
 確かに提起された問題は時代遅れのように見えるが、それは忘れ去られた空白を埋める作業を強いるものであり、それなくして次への一歩が踏み出せないものであるが故に避けて通れない路でもある。論議すべき諸問題は山積している。積み残された瓦礫が今一度再構成される時を待っていると考えるべきであろう。

2.戦後国際政治構造―ルールの変貌

 今、ことさらに憲法改正が政治的課題となる所以は、安倍政権の戦後政治の総決算路線という使い古された言辞と、東アジア海域に於ける領土問題及び戦後処理における歴史問題の再燃という二つの側面があるが、前者は単なる安倍政権の国内政治上の動員スローガンでしかないが、後者は台頭する中国の国際政治上の位置づけを巡る迷走に起因しており、国際政治構造の新しい変動要因である。
 帝国主義国家間あるいはかつての冷戦構造の国際政治なるもののルールは、第二次世界大戦以降の米帝国主義の国際政治における主導権を基軸に幾度かの変動を経て現在に至っている。とりわけ現在問題となっているルールは、多くの論者が言い立てるように冷戦構造が崩壊して以降のヘゲモニーの移動という現象である。それは、90年代以降勃興する新興国の台頭とその盟主たらんとする中国の国際政治構造への組み込みという課題がまだ確定されたものとなっていないことに起因する、いくつかの動揺現象である。日本という小帝国主義国家のブルジョアジーたちが0年代以降、幾度か動揺を繰り返すのは、この移行過程に於ける東アジアのまっただ中にいるからであるが、戦後政治体制が日本に於いて終焉を迎えているにもかかわらず、その政治ルールを現実の国際政治構造に適応できないために動揺を繰り返している中で、まさに今日の憲法論議が提起されてきているのである。故に事の性格上、これは国際政治構造そのものを論議の俎上にのせない限り、一寸先も見えない問題となっている。
 では、現状の国際政治構造に於ける日本の役割は何なのだろうか。安倍政権の意図する改正の方向は九条二項の改正、すなわち軍の再建であることは間違いないだろうが、その軍事力を国際政治の中でどのような役割を内外に機能させようとしているのかが重要である。加藤典洋氏が最近の著書* 1で戦後の日本の九条を巡る矛盾を、安全保障と独立の問題として提起しているが、それは日本という従属帝国主義国家が盟主たる米国に従属しながら、真の独立を果たすことは不可能であるという、戦後の国際政治構造のルールを如何に克服するかという課題でもある。昨年末の韓国朴政権との「従軍慰安婦問題」に関する協議を見る限り、矢部宏治氏* 2の指摘する「日米合同委員会」が見事に機能していると見ることができる。つまり、安倍政権は憲法改正を米軍のジュニア・パートナーとして機能させるためのものだと見せかけることができるし、これは日本の外務官僚を説得する材料にもなるように見える。
 しかしそれでは、日本の独立という課題に対して何ら応えていないではないかという右からの反発は予想できるが、それは憲法改正が終着点だと見なすからであり、むしろそれが出発点だと考えれば安倍政権は歴史的な役割を果たすことができたと考えているふしがある。問題は、それがかつての日露戦争後の日英同盟における日本帝国主義の野望として歴史が茶番を演じるかどうかということであろう。第二次世界大戦後の英米ルール、グローバルスタンダードに対して反旗を翻すものとなる日本の独立がどのような道筋で実現するかは定かではないが、少なくとも百年前に英帝国主義との取り引きで東アジアの軍事的肩代わりを演じ、そのことで不平等条約を克服した教訓は、彼等の頭の中にあることは確かである。
 現在、米帝国主義が軍事的存在を世界中で示すことができなくなってきていることは事実であり、ウクライナや中東で自らのルールを情報戦と外交戦へと切り替えざるを得なくなっていることも事態を安倍に優位に傾かせている。情勢の不安定さを演出することは安倍政権にとっては不利ではなく、むしろ有利である。国際政治構造の戦後的ルールの変動はまたとない好機であり、彼の憲法改正論への補強材料となる。ただ、彼の意図する情勢は米帝は歓迎しないし、戦後的ルールに中国を巧みに組込む米国の意図とは相反するものとなるが故に、いくつかの曲折を生み出すだろうことは想像できよう。
 戦後的ルールの変貌がかつての英国コモンウェルス体制からヤルタジュネーブ体制へと変遷を遂げた歴史として紐解けば分かるように、ロンドンシティの金融資本利害の限界からウォール街の破綻へと歴史が繰り返されたことを考えるなら、今日のグローバル金融資本の果たす格差問題も実は次の帝国間戦争を準備する必然とみなすことも可能である。金融資本が肥え太れば太るほど、彼等を支えている見えざる中産階級の窮乏を招き、金融資本そのものの存立基盤をも掘り崩すこととなる。それは新たな階級再編を準備し、多くの安倍的なものを生み出すだろう。変貌は始まったばかりである。

3.左折改憲とは

 右からの憲法改正論議に対して、左から改憲を論じるという提起は予想されたことである。なぜなら「護憲」という戦後的な記憶は今や三世代を経て変貌しつつあり、ゼロ年代以降の歴史修正主義の動きが活発になってくるにつれて、記憶の戦後的ゆがみを拡大させるからである。「護憲」が元来持っていた思想は、戦後民主主義の理想型であり、第一次世界大戦後のドイツに於けるワイマール憲法に比すべき位置にあった。絶対的平和主義は軍を持たないことによって担保される構造になっており、それは国際連合の思想と共鳴するものであった。
 だが、それは同時にポツダム宣言の「無条件降伏」規定という戦後的枠組みが戦後国際政治構造の強いられた枠組みだったという疑念を生み出す隙間を作り出している。それは日本国憲法が連合国の、とりわけ米国の押しつけたものだという声が常に右から聞こえてくる所以である。それに対置して「護憲」派が提起するものは、理念的絶対平和主義というものであり、与えられたか否かは問題とはしない。故に、理念としての憲法議論か、成立過程の自立性かという種類の異なるすれ違いの論議が常に行われてきた。そして、理念的な平和主義が現実の国際政治に於ける要請とそぐわないという、自立論からの論戦(この間の安保法制を巡る論議はこれに属している)に対して、憲法の生成権力そのものが問われないというちぐはぐさを持っていた。更に、その右からの自立論でさえ日米安保条約の下にある「日米合同委員会」の権力の下にあるというお粗末ぶりであり、それを誰も問わないという議会政治の暗黙のルールが、事態を一層こじらせている。
 左からの憲法改正を加藤典洋が提起したことの意義は、実は最初の第一歩だということになるだろう。加藤がカントを持ち出し、国際政治の理念の提起をあえて行ったのはおそらく勇気のいったことだろう。なぜなら、この種の論議をこれまで日本の現実の政治論議の中で行ったことがないからである。しかし、先に挙げた憲法を巡るねじれ構造を整理するためには絶対に必要な過程でもある。九条を巡る暗闇は、「日米合同委員会」権力の下にある日本の政治そのものを白日の下にさらけ出す以外には払いのけることはできない。そしてそれは単なる暴露としてではなく(王様は裸だと誰もが知っている)、憲法生成の論議を始めるための理念を提起する所から始めなければならないからである。
 そして、それを確認した上で加藤の提起する「九条二項」改正案を見るなら、それが国際政治構造の掟(ルール)を破るものであることが分かるであろう。国連の敵国条項の改訂という微妙な綱渡りを彼の改正案は含んでいる限り、問題はまた九条改正が外交問題へと押し戻される可能性を孕んでいることも確かなのである。ただ、我々はこの憲法改正論議が国際政治構造の掟を再編する大きな可能性を持っていることもまた現実政治から見るべきだろう。国連への自衛隊の再編は、米軍への再編(現実の追認)となる可能性がないではないことも含めて、実は日本の独立とは「帝国」を願望する指向性そのものではないのか、ということを暴露するだろう。
 左折改憲がリベラル左派の最後の挑戦となるのか注目しておく必要がある。

脚注

* 1 加藤典洋『戦後入門』ちくま新書2015年
* 2 矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないか』集英社インターナショナル2014年


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