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現代のアナーキズム(2)

斎藤 隆雄
404号(2016年1月)所収


アナーキズムの伝統はいつの時代にあっても民衆の自然発生性の源であるという考えには、直感的な理があることは確かである。支配する者がいない世界を考えることは、今の苦難を乗り越える上で必須の確信であると考えるからである。友愛を基礎に置いた平等社会を想定することが、如何に難しいものかを決めるのは、現実を如何にとらえるかに関わっている。グレーバーが個人主義的共産主義を想定の第一歩に置いたのは、この困難を回避する回り道を探ろうとしているからであろう。おそらくそれはネグリたちの言う「逃走」と関連しており、ゲリラ戦の原則でもあるだろう。しかし、回り道が時間稼ぎではないことを証明する必要があり、逃走はその目的の場所が存在する確証があってこそ走り出すことができるだろう。
少なくとも今我々にとって、これこれの落とし穴があり、それを回避するためにこれだけのことは考えに入れておく必要があるという、最低限のことだけは明らかにしておく義務があるように思われる。

5.共産主義像の変遷---国家の廃絶

実現すべき社会像について、あるいは想定された未来社会について、もしくはユートピアについての漠然とした指標を我々はかなりしっかりしたイメージをこれまで持っていたはずであったが、ロシア革命以降のいわゆる「過渡期世界」の歴史観が崩壊して以降、それは徐々にだが確実に曖昧になっている。未だに計画経済を信奉する人々もいるにはいるが、おそらくソ連崩壊以降、その数は急速に減少しているだろう。(これまで、私が本誌で何度か取り上げたように、ソ連型の計画経済はもはや再考に値しない)しかしアナーキズムを称揚する人々も、このロシア革命が試みた歴史的事業を少なくとも一度は言及する必要を感じているはずである。現代のアナーキストがこの歴史に言及しないならば、その言説は信頼に値しないということも確かである。
では、このロシア革命以降の社会主義社会像、あるいは共産主義社会像、更には過渡期世界像を無政府的友愛社会思想から見たらどのように見えるのか、点検しておく必要がある。ひとつには、国家が消滅する世界をどの時点で想定しているのか。アナーキズムは、少なくとも「過渡期」を想定していないことは確かだろう。マルクスレーニン主義が「過渡期」を想定し、国家の廃絶に至るまでのタイムテーブルを、いくつか想定したことと比べてみるといい。ただ、このタイムテーブルが「欺瞞だった」などという批判はあまり意味がない。確かにそれはロシア革命が真性の「過渡期の開始」であったと想定するならば、失敗に終わった壮大な実験だと言えなくもないからである。
最終的な実現すべき社会について、アナーキズムとマルクスレーニン主義とがどのように違うのかという設問をまずしてみよう。国家の廃絶については、道順は違えど、基本的には同じ最終指標である。マルクスレーニン主義の実験が失敗に終わったので、それが欺瞞だったと判断する人がいるならば、アナーキズム革命が四半世紀ほど持続すればどうなるかを実証しなければならないので、それはお互いに言及しない方が賢明だろう。ただ、アナーキズムがそれを実証しようとして持ち出すものが人類学である(既にそれはある、という意味で)。
クロポトキン以来この伝統が息づいていることは周知だが、そしてそれは宗教的な千年王国思想とも相通ずるものであるとも言われるが、文化人類学が掘り起こす歴史的事実が世界の資本主義的発展過程の中でどのような運命を辿ったかも同時に知る必要がある。マルクスの今ではかなり怪しくなった「原始共産主義」という社会想定と、アナーキストたちがいう「ゾミア」* 1 とは人類の長い歴史の中で、人間が行いうる社会的行動や移動、権力との距離という意味でそれほど大きな隔たりがあるとは思えない。
問題となっている国家、廃絶予定の国家とはどのような集団として規定しているのかを問うべきだろう。メソポタミアの都市国家と秦の帝国とは同じ国家と言えるだろうか。廃絶予定の国家は少なくとも近代以降の国民国家だとするなら、辺境と位置づく山岳や乾燥地帯に未だ資本主義経済が国家形成を果たしていないというだけでは、それが証明されたことにはならないだろう。だとするなら、国民国家が近代以降の資本主義経済の世界史的な発展過程の中で果たした役割をもう一度振り返る必要があることになる。と言うか、むしろ、その役割をどう位置づけてきたかを点検する必要があるということである。アナーキズムがとりわけ強調するのは、前稿でも取り上げたように国家が幻想の産物であるという点である。国民的統合などという抽象物、民族的な自立などというものは、それが指示する内容物を持っていないということを絶えず暴露する。それに対して、マルクスレーニン主義は国家を階級抑圧の道具であるという別の角度からの規定を持ち出すと同時に、国民国家の形成過程が封建制との闘いとして歴史的な発展の優位性を持っているというある種の国家擁護へ傾斜する。この分岐は、検討に値する。
資本主義的国民国家を廃絶する過程で、プロレタリアートの独裁国家が必要であるという論は、この歴史的発展過程に於ける幻想性を肯定しているように見える。最後の幻想国家としてのプロ独は、果たして最後である保障をどこで担保するのだろうか。それはプロレタリアートの階級性ということになるが、この生産者という階級が自らの生産物を社会的共同所有へと変革する任務を担うのにどのような幻想国家が必要なのであろうか。おそらくここで一つの大きな岐路が存在する。ヒトはその歴史的現在から過去に遡って自らを規定するとするなら、マルクスはおそらく近代市民革命が辿った絶対王政との苛烈な階級間戦争を次の時代への過渡期にも生じると考えたのだろう。そして、それは20世紀初頭の社会主義革命に際しても見事に的中した。欧州を席巻した戦争と革命の時代は、階級と階級との苛烈な階級戦争でもあったし、その革命と反革命との激突は18世紀の市民革命を凌駕する規模で起こったことは記憶に新しい。あらゆる階級的資産と国家的道具を用いて反撃してくる資本家階級の攻撃に対してプロレタリアートは自らの多数者としての精神的物質的資源と能力をもって対峙しなければならない。その時、団結の構造が幻想国家を要求する。岐路がここで生じる。現代の新しいアナーキストは非武装を掲げ国家構造を否定するが、それは背後の政治的対話としての国家を想定しているように見える。資本家階級が自らの権力を保持するために、徹底的な階級戦争、殲滅戦に突入した時にプロレタリアートに組織された暴力が必要でないとどうして言えるのだろうか。おそらく、ここに想定された革命過程への異なる位相が存在する。いわば想定されたズレのようなものがここには隠れている。
しかし他方で、マルクスレーニン主義の戦術の中に、この階級戦争を軍事的側面にばかり注目してきたきらいはぬぐえない。17~18世紀の市民戦争において闘われた階級戦争は、20世紀の階級戦争とはその様相を異にしていることに注目しておく必要があるかもしれない。(この点についてはこれ以上分析しないが、改めて論を興すだけの価値はあるだろう)
いずれにせよ、時代の過渡においては何らかの旗印(幻想)と決着を印す力が必要であることは確かなのである。その時に、ある種の楽観主義が新しいアナーキズムには垣間見える。それは、19世紀のそれと同期している。なぜなら、社会変革とはそれ自体が戦争であり、英仏市民革命を例に取るまでもなく内戦を経ずしては成就しない事業である。そして、19世紀までの戦争とは現在の戦争から見るなら、如何にも牧歌的である。20世紀の二つの総力戦とは比べようもない。アナーキストたちの楽観主義は、この20世紀初頭から二つの大戦後に現れた恐怖の抑止戦略までの時期を冬眠して、再び20世紀末に現れたといっていい。すなわち、マルクスレーニン主義の革命論が苛烈な全滅戦争の時代の理論とすれば、この新しい自然発生性は全滅戦争後の世界に現れた理論であるという風に見える。
現代のアナーキズムの国家観は、無政府主義の良き伝統を引き継ぐものの、実現すべき社会構造の幻想形態については核抑止構造の現代世界を前提としているように見える。そして、前稿でも指摘したようにグレーバーの新しい社会像がもう一つの幻想社会であるという構想は、国家論を巡る論議に従来の不毛の論争に終止符を打つ可能性を持っている。国家が階級抑圧の道具であるという機能的側面がもはや役立たずの視点だという分析がアナーキストたちには求められている。と同時に、それはマルクス主義が物象化による意志支配を回避する回り道を、如何なる社会運動によって実現するのかという証明を求められていることと同じ議論になるはずである。

補足:

この論議が何故重要かということは、この間の安保法制を巡る政治を見れば一目瞭然だろう。戦後の安保体制に関わる70年代以降の断絶については、私が幾度か述べたように様々な政治言語を巡る断絶と無縁ではない。戦後日本に於ける左派の政治運動を駆動した在るべき国家像とその社会像は、幾つかの政治的言語によって規定されていたが、その幻想形態が今日の政治運動と連動しておらず、また継承もされていないということを、まず確認し、その断絶を繋ぐ新しい思想が求められている。これは過去への回帰ではなく、新しい運動への挑戦である。
憲法を巡る今日の議論においても、この国家を巡る議論が必須な条件となる。戦後そのものが錯綜する幻想形態のねじれとして論じられ、敗戦が総括されていないと論議される今日、立憲主義を再提起し、それを再検討するためには、このことが必要不可欠なテーマとして浮上することは間違いないのである。

脚注

* 1 インドシナ半島の山岳部や中国雲南省の山岳部に居住する少数民族は、歴史的には平野部の諸王朝や中華帝国から逃れた人々の集合体であるという。彼らは、国家から逃れた人々という意味で、独特の生活圏を形成している。参照:ジェームズ・C・スコット『ゾミア 脱国家の世界史』みすず書房2013年


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