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「日本人」人質事件

渋谷 一三
396号(2015年2月)所収


1.「日本人」人質と括ることによって、問題の本質を隠蔽する日本政府

元茨城県議の「命」を受けて、反シリア「自由軍」などに軍事援助を届けるべく、民間軍事会社を設立し、カラシニコフ銃を持って「戦闘シーンをかっこよく撮って」などとふざけたことを言っていた人物が処刑された。当然のことなのだが、これを当然のことと捉えることが出来るのは、彼の行動が、米国の「アラブの春」と名付けられた一連のアラブ国家の転覆活動の一環の中にあり、かつ米国の軍事行動に積極的にコミットすることを決めた安倍政権の指示を受けての行動であると捉えることによってはじめて可能なことである。
これを日本人人質と呼んだ途端に、「イスラム国」が日本人を無差別に利用し始めたという構図を成立させることが可能になる。こうすると、「イスラム国」に敵対する軍人に対する正当な反撃をテロと呼ぶことが可能になる。民族主義を装うことによって、「ゲリラ支配地域」に対する軍事介入を「反テロの戦い」と強弁することが出来る。
民族主義を装うと言ったのは、安倍政権が民族主義の水準もないからである。本当の民族主義者ならば、湯川なる人物に責任を持ち、元茨城県議に哀悼の声明を出させ報復を宣言するのが筋である。安倍政権はそうしたこともせず、とかげのしっぽ切りよろしく、政府とは何の関係もなかった軍事お宅の変人が殺された事件として処理し、たとえ変人の軍事オタクであっても殺したのは非人道的だと叫ぶことを決め込んだ。
広い意味での配下の者に知らぬ存ぜぬを決め込む既定路線だと言えばそれまでだが、本当の民族主義者であるならば、こうしたしっぽ切りはしない。民族の為の崇高な任務遂行中の尊い犠牲者として扱うものである。
安倍氏は決して本当の民族主義者ではないのである。戦前の青年将校風に言えば「腐った財閥の手先」であって、民族主義者からの激しい攻撃の的とされるべき立ち位置にいる。なのに、そうならないのは、民族主義を装うことで、目の曇っている民族主義者を騙すことに成功しているからである。
かくして、「日本人人質事件」にすることによって、二重の利益を得ている。

2.後藤さんを見殺しにすることを決めている安倍政権の欺瞞

昨年11月には後藤さんの家族の下に「イスラム国」からのメールが届いていたとの報道があった。これは1月25日には、1月になって身代金を要求するメールが家族宛てにあったことに変更されているが、家族が政府に人質になったことを知らせたのは昨年中である点は変わらない。
時間は十分にあった。
だが、安倍政権は解散・総選挙に走り、人質解放の条件の交渉をねばり強く水面下でして来たのではない。「イスラム国」側が再三、家族に、日本政府に圧力をかけるように声明しているという事実が、何よりも雄弁に「水面下の交渉」がなかったことを物語っている。安倍政権の隠蔽工作のほつれめである。
安倍氏は、「イスラム国」がネットに処刑の警告をアップするまで、「テロリストとは交渉しない」という「原則」を「守って」、何もしなかったのである。
ネットにアップされるや、『テロリストには屈しない。』と言いつつ、『邦人の救出に全力を尽くす』などと、絶対矛盾する言葉を平気で羅列し続けたのである。解放交渉などする気は全くなく、放置してきたからこそ、絶対矛盾する言葉を羅列できたのである。  
この姿勢は一貫しており、この間に安倍氏が緊密に接触したのは「テロリストとは交渉しない」英国と米国であり、この2国との「国際協調」をのみ強調しているのである。この二つの国は、空爆を計画し実行し、軍事作戦で人質を奪還する戦術しか採用せず、「自国民」を見殺しにしてきた国である。
アラブ世界を植民地支配し滅茶苦茶な国境を敷いて「独立」させた英仏と、リビアとシリアを転覆することを企図した米国の共同軍事行動によって、リビアへの空爆と地上軍事行動によるカダフィ氏殺害を達成した3カ国の軍事作戦の延長上に「イスラム国」の成立やここへの空爆がある。
安倍氏はこの諸国との国際協調を必ず、一貫して、宣言しているのである。

3.「NOと言えない日本」にしてしまった安倍氏(次稿)

2015年1月27日

<P.S.>

 情勢の推移を見守るために、アップしないできたが、2月1日に後藤さんが見殺しにされた。安倍氏は、この期に及んでなお、「テロには屈しない」と対米追随を宣言し、英・米・仏に続いて連合国側に着くことを選択した。
 日本は英・米・仏に続いて、国内で「テロ」を起こされる国になることを選択した。
 安倍氏の推進する集団安保体制の本質が露呈されている。
 3章の「NOと言えない日本」にしてしまった安倍氏も含めて、別稿とする。

2015年2月1日


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