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クリミア情勢と民族自決

渋谷 一三
388号(2014年5月)所収


1.

 ウクライナで実質上の革命が組織され腐敗した親ロ派の大統領がロシアに亡命した。
 ここまでは、私腹を肥やすことしかやることのない傀儡政権や独裁政権によくあることだった。だが、ここから先が常ではない展開になった。
 ロシア系住民が大半を占めるクリミア半島の住民が「国民投票」を行い、ウクライナからの分離を決定した。
 ウクライナ「新政権」が頼りにした欧米は、ウクライナからのクリミアの分離を認めない立場を表明したが、その立場を維持するためのイデオロギーは「民族自決」しかない。しかし、民族自決を強調すればウクライナ共和国内の少数民族であるロシア族の分離独立の要求を認めなければならなくなる。そのため、民族自決イデオロギーでウクライナの「革命」を支持することができず、内政干渉をして「革命派」を支持するという立場しかとれなくなる。これは親欧米派をけしかけて政権転覆させた内政干渉だというそしりをまぬがれない。
 欧米がこうした弱い立場しかとれないのは、決して純粋にイデオロギー的に「新政権」を支持しているのではないことの必然的結果である。
 このため、制裁はロシアの要人12名の資産凍結という実質上何の効力もないものしかできなかった。
 また、ロシアの天然ガス供給にエネルギーの多くを依存している欧州は、とりわけウクライナを取りこむ利害と天然ガスの供給を停止される利害とが対立し、天秤にかければ天然ガスの供給を停止されることの打撃の方がはるかに大きいため、追加制裁もロシア要人の入国禁止しかできなかった。
 このことは結果として、米国の、面子からの誤った軍事介入を阻止することになり、無用な人民の流血を防ぐことになった。
 ロシアのプーチン大統領はこうしたドラスチックな力学としての政治は十分に理解しており、クリミア自治共和国のウクライナからの分離を公然と支持し、ロシアへの編入の準備を公然と表明した。
 軍事衝突することはあり得ないことを理解していたからである。

2.

 こうなると、ウクライナ東部2州のロシア族が多数を占める「自治共和国」の帰属が問題になってくる。東部2州のロシア族からすれば、ウクライナ共和国の中の少数民族でいるよりも、ロシアへの編入による経済的安定と民族的安心を得たい。
 他方この2州の中のウクライナ系住民からすれば、ロシアへの編入による民族的迫害への不安が大きく、この2州のウクライナへの残留を求める。
 この矛盾を民族自決のイデオロギーで解決しようとすれば、移行期間を設けて「民族浄化」を行うしかない。例えば東部2州の内の1つの州をウクライナに、もう1つの州をロシアに編入することとし、それぞれ希望の州に移動させるという解決である。これは、移動を強いられる民族に私有財産を放棄することを迫ることと同じことで、移動を強いられる側がA州とB州の帰属先を逆にすることを要求し、決して収まることがない「解決策」となる。
 要するに「民族自決」という概念では解決不可能な事態なのである。
 だが、事態は「民族自決」の装いをもって自国の利益になるよう始められてしまった。このため、始められてしまった「力による現状の変更」は、力によって決着するしかない。
 ロシアと欧米は、クリミア半島のロシアへの編入は認めることで「合意」しており、焦点は東部2州もロシアに編入することを認めるか否かになってきている。この2州の帰趨を巡っての力による折衝が続いており、この落とし所が両者の間で合意されれば、「危機」は終わることとなる。
 要するに極めてドラスチックな処理が行われるのであり、これに民族自決を対置することは労働者階級に間違った政治「教育」をすることとなる。
 そもそもソ連邦の歴史そのものが民族の混在と民族の協力関係とを作ってしまったのであり、この協力関係が協力関係になるか抑圧関係になるかは生きた実践の帰趨によるのであり、協力関係を構築しようとした実践の前提であるソ連邦の歴史的実践が敗北し消滅した現在、別の実践として協力関係を構築することを試みる以外には解決はありえないのである。そのことをこそ労働者階級は学ばなければいけない。

3.

 安倍政権は「力による現状の変更」を認めないという欺瞞的立場しかとることが出来ない。ファシストの政治的立場としては必然だろう。
 そもそも尖閣列島は日本のものでもなければ中国のものでもない航海上の重要な標識となる岩礁でしかなかった。どの国のものでもない。ところが日本が台湾も朝鮮半島も実質支配している時に世界に領有を問い、領有を主張する国が全くなかったから日本の領土にしたというのが歴史の事実である。
 だから、台湾も中国も「力によって支配されていて領有権を主張できなかった自国領土」であると主張する。他方、日本の保守政権はポツダム宣言の受託による戦後処理の中で米国は実質上沖縄に付属する島嶼として処理してきたと領有の正当性を主張する。だが、ポツダム宣言を起草した戦勝国側の一員が中国なのである。その当時者の中国が認めていないのだから、日本の敗戦とともに釣魚台の領有権は中国に戻ったとするのが中国・台湾の主張である。論理的正当性を保持している。
 だが、この領有権問題を棚上げにして日中は国交を回復した。単なる岩礁の帰属の利害よりも、国交回復によって得られる経済的利益が両者ともに圧倒的に大きかったからである。加えて、周恩来には革命家としての風格があり、日本を追い詰めて再び軍国主義への道を歩ませ、ナチスドイツの歴史的教訓を無にすることを危惧できる度量があった。
 こうした条件は大きく変化し、単なる航海標識は圧倒的な経済利益を保有している海底資源の帰属を巡る大問題となり、革命家の政府は共産党幹部という特殊な階級になった支配階級が牛耳る腐敗政権となっている。
 安倍政権は尖閣では「力による現状の維持」を目指して、ファシストのそそのかしにまんまと嵌って国有化を宣言した愚昧な前首相の「成果」を踏襲し、既に自衛隊より強力な軍隊となった中国人民解放軍の脅威に対抗するため、日米軍事同盟の強化と、自衛隊の国軍への強化を画策し、邁進している。
 日中国交回復を成し遂げた田中首相の娘である田中真紀子議員は、尖閣列島は日中どちらのものでもない島嶼だったとはっきり語り、そんな小さな利害よりも、中国に進出している企業の利益や日中貿易の拡大による利益の方が大きいと言い切る。
 こうした発言はファシストからみれば戦前と全く同じで、腐敗した財閥を粛清して国益を守れと怒鳴りたくなる発言である。すでに「物言えば、集中攻撃」体制が構築された日本の言論界で、ものおじせずに言いきる真紀子議員の姿勢は断固支持する。命がけでするほどの発言でないにもかかわらず、すでにこうした発言をすることは命がけであることを真紀子議員が自覚した上で発言されているとすれば、労働者階級はその政治的立場の相違を乗り越えて断固支持すべきである。
 尖閣列島の領有に関する歴史認識は筆者と真紀子議員は同じである。尖閣列島の領有による経済的利益の大きさに関しては、筆者は真反対である。中国市場は日本資本にとってはリスクの大きい市場であり、商品の輸出はしても、現地生産をすべき国ではない。また労賃も相対的に高騰しており、インドネシア・マレーシア・ベトナム・インドなどの諸国へシフトする方が資本主義的には理にかなっていると判断する。
 おそらくファシストの判断も経済的利益に関しては筆者と結果としては同じなのだろう。この判断が同じだから、ファシストの目からすれば、親中派は私的利害を国家利害に優先させる売国奴と映る。尖閣の帰属の経済的利害は大きく、早く海底資源の掘削を開始するために、国軍の強化と米国との軍事同盟の強化は喫緊の課題として映じている。
 安倍政権はこうした意図を隠してクリミア問題への対応を迫られた結果、「北方領土返還」はプーチン政権でしか実現しないだろうという判断であるにも関わらず、米国への追従を決め込んだ。確かに「北方領土」での経済権益は漁場の拡大と若干の観光であるにとどまる。尖閣での石油他の海底資源と良質な漁場、中国海軍の太平洋への通路を限る軍事的権益などの方がはるかに大きいのであり、ロシアとの軍事同盟の現実性が全くない以上、米国からの独立=「戦後レジーム(体制)からの脱却」を声高に叫ぶ民族主義者の本音を隠して、米国との集団安保を声高に叫んでいる。

4.

 かく、ウクライナの事態は国際政治軍事力学の問題であった。
 安倍政権は皮肉にもロシアを主敵のはずの中国に接近させた。「力による現状変更同盟」を高らかに宣言させてしまった。
 もろに政治力学的事態において、政治力学的稚拙さで、政治力学上の敗北を喫したのである。


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