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第23回参議院議員選挙分析

渋谷 一三
380号(2013年7月)所収


<はじめに>

 事前予想という世論誘導通りのつまらない結果が出た。だからこそ、投票率は6%強下がり52%にとどまった。選挙制度を衆議院とは大きく変え、一院制などという独裁制により近い「効率」を主張する維新の会の主張を実践的に粉砕しなければならないことが浮かびあがった。
 衆議院議員選挙直後の拙稿で、筆者が政治的死を宣告した小沢代表の生活の党は0議席に終わった。候補者の東氏・森氏などは優秀な政治家であるが、それをもってしても「未来の党」を裏切り嘉田さんを裏切った小沢氏の大罪を埋め合わすことは出来なかった。大変に良いことである。これは、小沢王国といわれた岩手選挙区においても同じで、岩手においても小沢氏は政治的に死んだ。これもまた良いことである。冤罪に対しては小沢氏を擁護し、政治的変節に対しては政治的死を宣告した。ここでは有権者の健全性が示されている。
 東京では、都議選で候補者につきまとい落選させた菅直人氏が、今回も候補者にまとわりつき全候補者中の最下位の得票率にさせた。分かっていない。菅の政治的死を確定したのは「民主党大反省会」なる自己陶酔・同志売り渡し「会」での一連の聞くに堪えない発言である。鳩山前首相は宇宙人で全くわかっていない変な人だそうで、小沢氏は冤罪ではなく利権まみれの古いタイプの政治家で、悪いことの全ては小沢氏のせいだそうなのである。こんなことを平気で言っている論外の人物が自分自身であることに一番無自覚なのである。自身を「落選請負人」とレッテル張りすることをお勧めする。
 同じく東京で無所属の反原発新人候補が3位で当選した。ネット選挙の効果もあるかもしれないが、反原発の声を代表できれば当選することを証明している。他の選挙区では自民以外はみな口先では反原発をいうため、反原発を代表することができた候補者がいなかった。口先の反原発政党の巧妙な妨害にしてやられたというのが本当のところである。

1. 民主党の惨敗は当然である。

 民主党の幹部は何も分析する力をもっていない。そういう意味では政治家ではない。政治家というのは、多数の要素が複雑に絡み合っていて原因分析自体が諸説ふんぷんとしているような事態に鋭く現実を切り取って解釈して見せる能力が一義的に要求される「職」である。
 民主党のどの幹部もこういう政治的能力を持っていない。スタンドプレー・ナルシストの菅氏、財務官僚の操り人形で消費増税というとんでもない裏切りをした野田氏、TPP反対などの党内の声に言わせる機会をアリバイ的に用意しただけで冷たく切り捨てる前原氏、自身の地元の三重で負けてもその原因すら分からず自省の弁の一つもなく「空気に負けた」としか言う能力のない岡田氏、なんなら過去の民主党の勝利も空気だったとしか思えなかったから公約を破りまくることになんの抵抗もなかったのでしょうと言ってあげたい。
 福島事故のすぐ後に原発必要論を「ボイス」という雑誌に寄稿した海江田現代表に反原発の票は絶対に入らないことは言うまでもない。幹部ではないがただ一人民主党で政治家と呼べる大塚氏が大都市圏で唯一当選したのは偶然ではない。
 本来消滅してもよい民主党がかろうじて参議院第2党になったのは、自公の勝利しすぎへの恐れと相も変わらぬ共産党の独善と教条唱和に支援されてだけのことである。みんなの党のような明確なビジョンがあるわけでもなく、政治的死を遂げた小沢氏が掲げたビジョンを全否定してしまった後に何も打ち出していないのである。
 歴史修正主義の右翼や新自由主義のみんなの党に対抗するリベラリズムなどというものは観念の中にしか存在できす、具体的処方箋の一行も書けないのである。リベラルなどという観念が物質的基盤を持っていない以上、政策を出せないのは必然である。
 かく根本的に存在理由がなくなった民主党であるが、これに輪をかけたのが、その組織性のなさである。往年の自民党の派閥政治を彷彿とさせる組織性のなさである。その象徴が東京選挙区。2議席あった議席を1議席に絞れば最下位でも当選はするだろうとでも見ていた分析能力のなさ。これが根底にあったのだろう公認を絞ることができたのが公示2日前、それもあいまって外された候補を無所属で立候補させる元首相・元党代表。落選請負人の自覚もないこの人が応援演説をすればただでさえ落選することが都議選で示されたのに、党の決定すら平気で破る組織性のなさを示す行為そのものが最も落選に寄与している。こんな簡単なことすら分からない「政治家」に未来はないことは言うまでもない。
 また、「新党を結成してもよい」とまで党を後景化して平気な公認候補が落選するのも当然のことである。党公認を受けているのに、党が行った政治に良くも悪くも責任を持ち続けることを放棄すると公然と言い放つ組織性のなさ・無責任体質の候補が落選しないと考えている有権者蔑視にはあきれ果てる。
 党幹部も候補者もかくも組織性がない。政策で形成されるはずである党の体をなしていないのである。
 このような「党」に未来がないことは明らかであり、政策のなさ・組織性のなさ・公約を平気で破る有権者蔑視の3拍子がそろった結果が、東京・京都・大阪で議席を獲得出来なかった根拠である。
 決して共産党に「風が吹いた」わけではない。共産党は口先で唱えているだけで、実現能力もなければ論争能力すらもないほど、自分の言っていることの意味も分かっていない。有権者はそれをも知った上で投票しているのである。口先で言ったことさえ平気で反故にする民主党なるものよりましだからである。先の総選挙で民主党に政権を取らせたのは、改憲反対・消費税増税反対・TPP加入反対だったからのはずだった。
 その全てを裏切り増税した上、原発も再開した野田氏を見て、そして自民党安倍派に入ればいいのに相手にされず仕方なく民主党に入ったとでも思われる前原氏などを見て、もう二度とこのような「党」に票を入れないと固く決意した人々にとって、教条主義だけの、嫌いな共産党に1票を投じることは容易いことであった。いや、むしろその教条主義こそが決して裏切らないという安心を与えてくる源泉であり、お題目を唱えているだけだからこそ決して現実に接近することもなく、だからこそ決して言うことを変えることもない安心感こそが、1票を入れる気にさせた最大の理由なのだ。
 事実、共産党候補が当選した東京・大阪・京都では、共産党候補者が民主党候補者と競り合って民主党に勝ったのである。

2. 自民党候補を当選させてしまった福島・宮城・茨城

 原発を推進している自民党を当選させてしまっている県民は、未だに原発を受け入れ推進してきた後進性を克服することができていない。
 明治維新に対する後進性を示した会津藩・水戸藩の文化的伝統を克服出来ていないのだろうか。
 この事態は、全ての原発立地自治体で自民党候補が当選してしまっている事態の中で見ることは出来るのだが、上記3県は原発の「風評被害」と宣伝されている実質被害にさらされている3県であり、農業はもとより漁業は壊滅する以外にはない3県である。
 自民党に投票するなどは自殺行為なのだが、もう漁業で生活することを断念したのだろう。あるいは、自民党政権から漁業補償を引き出したいと考える補助金依存体質が染みついているとでも言うのだろうか。
 いずれにせよ自民党に投票したことは間違いであり、この3県をはじめ周辺県は「風評被害」に苦しみ続ける以外にはない。こういった間違った選択をしてしまった原因の一つに、復興事業や補償事業をスムースに行うことが出来なかった民主党政権の右往左往ぶりがあったことは否めない。だが、間違った選択をしてしまった。
 何度も言うが、風評被害ではないのである。福島沖を回遊し、銚子や八戸などに水揚げされた魚を食することは、蓄積作用を無視した民主党・自民党政府の安全宣言とは反対に、危険極まりない行為である。賢明な消費者は政府のウソに騙されることなく、福島沖を回遊したであろう秋刀魚や戻り鰹を食することを避けている。ただでさえ安かったサンマは1尾100円を大きく割って80円から70円になっている。買わないのである。漁民は船の燃料代も出ない現実に直面する以外にない。
 原発が安価な発電方法であるというウソが強力に流布され、補助金だの助成金だの「地場産業」だのという利権構造でうまい汁を吸っている「地元有力者」の圧力などを受けて、全ての原発立地県で自民党候補が当選するという歴史的後退が実現してしまった。
 もちろん、これら自治体に住む有権者が他の選挙区の有権者と同様に、稚拙無定見の民主党ではなく、手練手管を駆使する能力を持っていて相対的に安心できる自民党に投票する権利を持っていることを否定はしない。だが、自民党に投票したという結果がもたらす事実は、自らの首を絞めていくという冷徹な現実である。

3. 参議院議員選挙方法の改定を。

 独裁のすきな「維新の会」は参議院の廃止を唱えている。その論拠は衆議院のカーボンコピーか衆参のねじれによる「決められない政治」の横行であり、いずれにせよ参議院は無用の長物だというものである。
 参議院が衆議院のカーボンコピーになるのは選挙制度が小選挙区と比例代表の組み合わせという同じ制度であることに根拠がある。それでも、参議院がカーボンコピーになることは多くはなくこの12年間は「ねじれ」が続いているのである。維新の会の主張が全く乱暴なものであることが分かる。それでも彼らの主張が一定の支持を得るのは、無用な公務員・働かない公務員を嫌というほど見てきた公務員より所得の低い階層の人々の反感を煽動するからである。
 参議院を完全比例代表制一本にする。白票分議席を減らすオランダ方式を合わせて採用する。こうすれば「一票の格差」は完全に解消される。それでも残る「格差」=投票したい個人や党がないという「格差」を解消するために白票を投じた分だけ定数を減らす。働かない数合わせのためだけの議員が多いと感じた有権者は白票を投じれば議員数を減らすことができるのである。
 参議院の選挙制度がこのように改定されたとして、一体どれだけの有権者が参議院の廃止に共感を覚えるというのだろうか。

4. 躍進でも何でもない共産党の議席増

 「教条主義であるがゆえに、口先で唱えているだけであるがゆえに共産党に投票した。」と述べた。共産党の固定支持層はそうではないのではないかと思われる向きもあろうが、今回当選に導いた無党派層の判断だけではなく、そもそもの日本共産党の固定支持層の支持理由も実は同根なのである。
 憲法改悪阻止ではなく「護憲」なのは、政治的思考を停止している保守主義である。
 今の「曲りなりの平和な日本」を維持したいと願う保守主義であり、だからこそ先の侵略戦争でひどい目にあった高齢者に支持者が多いのである。
 実は特高警察の弾圧に敗北し転向してしまうという大罪を犯したのに、戦前から一貫して闘ってきたと言い張ることの出来る世界観は、現実に接近することを放棄した保守主義からこそ生み出され維持される。
 「転向を拒否し、第1次共産党は地下化し物理的に敗北した」とでも記述されるべきだった日本共産党は、屈服し転向させられても組織の存続を図る「踏み絵を踏んでも信仰を守る」道を選んでしまったために文字通り信仰の道に入ってしまった。それが戦後の労働運動で社会党の一党支配を許してしまった根拠である。そもそも社会党を生み出さざるを得なくなった根拠が、信仰の道に入り無用の長物になってしまった日本共産党にある。
 たった8議席を獲得しただけで有頂天になっているようでは、「お灸を据えるための党」を脱却することはできない。明日はまた3〜1議席で細々と火種を保ち、お灸が必要になった時に備えるだけの政党になる。ポット出の維新の会ですら8議席を取っているのである。
 「手ごたえを感じた。」「風が吹いた。」などと愚にもつかないことを言っていずに、正社員の為の組織に純化した連合が放棄した労働運動に少しはまともに取り組み、未組織労働者から学んで自己変革を勝ち取る道を進む地道な努力をすることをお勧めする。


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