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政治生命を終わらせた小沢さん

渋谷 一三
375号(2013年1月)所収


<はじめに>

 未来の党が分党した。小沢派が別の党を作ることになった。よいことである。だが、未来の党も政治団体になってしまった。参議院選に向けてじっくり準備し、脱原発・反消費税・反TPPを原則とした上で積極的な目標を綱領化して未来の党が大きく再登場することを願う。

未来の党の比例票345万票を簒奪した小沢派

 脱原発・反消費税のオリーブの木方式を提言した小沢氏は、その通りに「国民の生活が第一」として総選挙を戦い、選挙後にオリーブの木方式を実現すべく動くべきであった。だが、彼はそうしなかった。それは、彼の政治家としての死を意味した。
 筆者は財務省と正面から闘い、官僚層の支配とも戦おうとしたからこそ財務省の下にある国税庁から因縁をつけられてきた小沢氏を一貫して支持してきた。冤罪被害者を支持し、官僚機構が政治経済を支配している日本という国家の機構破壊という歴史的前進をはかろうとしてきた。
 放漫・傲慢経営の一方で、発行部数や広告収入が減り、経営基盤が揺らぐ中、国税庁による査察恫喝や、国有地の格安での払い下げ、官房機密費による買収、消費税増税後の新聞非課税取引等々を受けたマスコミ各社は朝日を筆頭に全社財務省批判を出来ない体質に変革された。これは、経営陣だけではなく執筆陣や宮崎某や勝谷某というマスコミに彗星のように登場した煽動家やその種の番組の登場まで含めて、極めて深く進行した変革だった。
 警察詰めの記者クラブからも冷遇されてきた朝日系列はこうした「右傾化」といわれる官僚機構の意向代弁人化の動きの先頭に立ってきた。その証の一つが小沢氏攻撃の最先端に立ち続けたことである。朝日はそのことによって従来のグレードの高い読者層を失い新聞の購読者をますます減らし、TVの視聴率も下げ続けている。
 朝日の小沢非難は「結論先にありき」で、難癖をつける以外の何物でもなかった。
 その限りにおいて筆者は朝日の不当な難癖と戦ってきた。
 だが、今日、小沢氏は「一兵卒として」「解党して参加」したはずの未来の党の共同代表に就任することを望んだ。選挙の敗北が予想より大きく誤算だったとしても、それは自身の判断の誤りを示すにすぎない。自分が選挙参謀として動けばもっと票を取れたと思ったとしても、「国民の生活が第一」のままでは戦えないと判断したのは自分自身だろう。「国民の生活が第一」のままの方がもっと議席を取れた可能性すらあるのに、未来の党を立ち上げさせその陰に隠れるというマイナス戦略をとったのも小沢氏自身である。「国民の生活が第一」と「緑の党」「みどり」などでそれぞれ戦った方が、自民・維新か公明かみんな・共産しか選択肢がない小選挙区で脱原発票がやむなく共産に流れたり、争点外化したりすることもなかっただろう。
 選挙直前に31万の児童手当などという「どん引き」の政策を打ち出して未来の党のイメージをダウンさせたのも小沢氏である。
 小沢氏がその政治生命を終わらせた最後の行動は「一兵卒で動く」と言った自らの言葉を裏切ったことである。これで彼の政治生命は終わった。政治家小沢は死んだ。
 その死に方もまた無様で汚らしいものだった。「家来」になり下がっている連中に小沢氏を共同代表につけるように要求させ、小沢氏自身の言葉の重みを確かめようと電話する嘉田さんの電話には出ず、明くる日、中止したはずの総会を定数に足りているとして勝手に開催するという一連の行動に出た。コソ泥的行動であり、正々堂々と胸中を述べる何物も持っていないことをさらけ出した。まったくもって、ぶざまな、ていたらくである。
 ここから見ると、比例名簿の優先順位をすべて「生活」を上位に持ってきたのは、未来の票で「生活」の議員を当選させる策略だけのものでしかなかったことがはっきりした。
 「未来」だけであれば、「生活」のにおいのする候補者ではない候補者を立てることが出来、小選挙区でもう少し議席を取れたであろう。そして比例区ではもっと多くの票をとれたであろう。愚昧な野田氏が「刺客」を送りこみ共倒れになる選挙区は減り、小選挙区に脱原発の候補者がいないために、脱原発をはっきり言明していた「みんな」や共産そして維新にまで流れた脱原発票が「未来」に向かったであろうことは疑いない。
 他方、「生活」も小選挙区で小沢氏以外に東氏などもう少し議席をとれただろう。小沢氏の姑息な選挙戦術と野田氏の愚昧な選挙戦術が自民党を大勝させ、維新を躍進させた。
 「未来」の比例区票を簒奪した小沢氏の行為は決して許されるものではない。
 筆者はここに小沢氏の政治的死を宣告する。


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