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金融市場は消滅するのか

渋谷 一三
372号(2012年10月)所収


<はじめに>

 慶応大学の小幡 績 准教授が論文を発表した。金融市場は必要なくなっているという斬新な切り口に基づいた現状分析だ。他方、信用資本主義の立場からは、金融市場の死滅という結論はなかなか導き出せない。
 小幡さんは、慎重に「金融市場の終わり、金融機能の復活」と言いまわしており、金融市場は必要不可欠なものではないが、金融は必要なので、金融市場が無くなれば金融機能は復活すると述べている。
 本稿は、小幡さんの論文を紹介しつつ、ブルジョア階級と官僚との関係を考える。

1. 架空資本としての株式市場

 今日の株式市場は資本金の調達機関としては機能していない。
 ある企業(資本家)が新規に資本を必要とした場合、株を増やし増資を目指すが、この場合株価は下がり、増資分は原理的には相殺されてしまう。
 発行済み株式が1億株で1株100円の企業が、もう1億株の増資を発表したとする。増資した1億株による新規事業によってもたらされる利益が今までの利益と同額である場合には、1株当たりは同額になるので株価は維持されるはずではある。新規事業の利益の絶対額が今までの事業の利益額より少ない場合は1株当たりの利益(利益率)は下がる。この場合株価がその比率で下落して当然ということになる。経営が困難になり、借金返済のために増資に頼る場合、株価は半分の50円になるはずである。
 この3つのケースの場合、実際に進行しているのがどのケースなのかは、インサイダーか金融機能を保持しかつ調査できる者しか分からない。インサイダーは株式市場から締め出されるように法整備がなされ、銀行などの金融機関は金融能力を失って機関投資家になり下がっている。したがって、上記の企業Aが増資を発表した場合、市場は最悪のケースに準じて反応する。すなわち、株価が半減し、1億株で100億円の資本金を手にしていた企業が2億株で100億円を手にするように調節される。A社はすでに100億を手にしているのだから、増株分を0にするように反応する。A社の持ち株分全てを売却したら100億円になるように株価が下がることになる。かくしてA社は増資当初は新たな50億円を手にしたように見えるが結局総資産は100億円になるように調節されてしまう。

 実際には増資を経営状態の悪化を隠すためと市場が捉えた場合、株価は暴落し、このことが経営の危機を呼ぶ。
 こうした事情の結果、大企業は自社内に資金をため込むようになり、ソニー損保や「トヨタ銀行」などが形成されるようになっている。今日、日本の企業の内部留保金は200兆円に達している。すでに安定した経営状態の企業にとって株式市場は資金調達の場ではなく、逆に資産運用の場にすぎなくなってしまったのである。換言すれば株式市場はカジノになったということである。
 株式市場が金融機能を持てなくなった一つの結果は、利益を企業内に留保する力のない企業向けの「ハイリスク・ハイリターン」を騙し文句にした第2市場の創設と新興企業向けの第3市場の創設という事態を生み出さざるを得なかった。
 もうひとつの結果は、カジノになったことを認識できなかった大企業の一部が「資産運用」と称して株式市場に手を出して倒産に追い込まれたことである。
 そして3つ目の結果が証券会社の経営状態の悪化と倒産であり、かろうじて生き残った証券会社はインサイダー取引から何から違法行為とモラルハザードの限りを駆使して更なる生き残りを図るという事態の発生であった。
 証券大手bPの野村証券がまたもやインサイダー取引を斡旋したのも偶然ではない。かもにしていた一般投資家が証券市場から離れ始めたのだから、営業の続けようがない。機関投資家は、一般投資家に尻拭いをさせて利益を挙げていたのだから、機関投資家しかいなくなった株式市場ではポーカーゲームもできない。

 株式市場の空洞化を東証1部と2部だけにして、第2市場のジャスダックで「ハイリスク・ハイリターン」の実需株取引をし、第3市場のマザーズで新興企業への資本投下を保障しようとした試みも成功するはずもなかった。銀行ほどの調査能力を一般投資家が持てるはずもなく、銀行のように担保をとれるわけでもないのだから、誰も手を出さなくなるからである。

2. 小幡さんの「金融市場の消滅」(論)要旨

・金融市場がなくなる。
 荒唐無稽に聞こえるが、その可能性が出てきた。
 最後のきっかけはLIBOR事件である。LIBORとは、ロンドン銀行間取引金利   
 のことで、世界中の多くの金融取引の価格が、このLIBORの不正操作が発覚した 
 のが、今回の事件である。
・金融市場は「常にバブル」である。
 金融商品ではなく普通の財の市場はなぜバブルにならないのか。それは買い手が自己使用のために買うからである。だからどんなに需要が膨らんでも、需要総量には限界があり、価格の上限にも限界がある。
 一方金融商品は投資(*利殖を目的―筆者)として買うから、値上がりしたところで売却することを目指す。したがって、儲かりそうな商品を買う。価格付けは重要だがそれが経済的基礎に基づくかどうかは、将来の買い手がそれに基づいて買う限りにおいて意味を持つだけで、そうでなければ値上がりしさえすればどうでもいいのだ。
 自己使用ではなく他人に売るために買うことと、その売却による金銭的利益に対する欲望は無限であるという二つの要因により、金融商品の市場はバブルになる。
・金融市場は投機の道具であり、実体経済においては必要不可欠ではないから、状況によっては無くなりうる。
・今後は市場に依存せず、企業や起業家と投資家・金融機関は直接取引をするのである。
・金額やリスクの大きな投資を分散する必要性は大きく低下した。機関投資家が発達したからである。個人投資家をこまごまと集める必要は全くない。個人が売りつけるための出口として利用されるようになるのも必然だった。
・株式市場は多くの企業企業にとって重要でなくなった。非公開化や経営陣が株式を買い取るMBO(Management Buyout)などが急増しているのはその表れといえる。
・株式市場はバブルを作ってそれに個人投資家などを動員し、インナーサークルの投資家、つまり投資銀行やファンドの出口として儲けることに慣れすぎていたため、リーマンショック後も懲りずにそのパターンで儲けようとしたのがフェイスブックだった。みな買わないか、買ってもすぐに売ろうとしたから、株価はすぐに大きく下落した。この「facebook事件」は、金融市場の終わりを象徴する出来事になったのである。
・現在の欧州危機はギリシャの財政破綻、それに続くスペイン、イタリアの財政の問題であり、財政危機および通貨ユーロの危機だと宣伝されているが、それは誤りで、本質は銀行危機にほかならない。
  ギリシャの財政破綻が問題なのは、それによりギリシャ国債が価値を失い、これを保有していた金融機関が損失を被ることにより資本が毀損し、他の投融資を縮小せざるを得なくなり、貸出引き揚げが行われることこそが問題なのである。
・アジアの経済成長率の停滞も、欧州の銀行の資金引き揚げの影響であり、新興国通貨の下落も連動していた。
・金融市場が衰退しても、金融機能を市場を経由せずに発揮しようとする米国金融機関やファンドが復活の兆しを見せてきたのに対して、欧州の銀行は何ら進歩がなく、次のソブリン債バブルに乗った。
・市場で成立した金利あるいは価格が正しく神聖なもの、という認識は誤っている。市場の価格、金融市場の動きこそ信じられない。これこそがリーマンショック後金融市場が崩壊から立ち直ることを阻み、長期的には市場消失の原因となっている。

3. 全く的外れの消費増税を実行した財務省・野田政権

 すでに述べてきたことだが、財政危機が問題ではないことを、別の角度から小幡さんも結論づけている。消費増税したことにより、円はますます強くなってしまい、企業の収益は悪化した。増税分を価格転嫁することのできないデフレ経済下で、その増税分を引き受けるのは実質的に日本経済を支えている中小企業であり、多国籍化した大企業は海外生産の比率を上げ、逆輸入を増やすだけのことである。これは空洞化の一層の促進になるばかりか、技術を支えていた中小企業を最終的に追いこむことで回復不可能な日本経済の破壊をもたらすことになる。
 であるのにもかかわらず増税を強行した財務省・民主党・自民党・公明党の頭にあったのは、財政危機=国際的信用の失墜=円安=日本経済の没落という間違った図式である。その根底にあるのは金融市場というものに対する全く不勉強な妄信である。
 マルクスは金融市場の「ギャンブル性」を架空資本という名称づけとともに解き明かした。最近では近経学者も現実に学ぶ姿勢のある人が「カジノ資本主義」だの「ギャンブル資本主義」だのという名称とともに現実への接近を試みてきていた。今回紹介した小幡論文はこの流れの中でも傑出した論文ではないかと思う。 
 消費増税後の経済状況の悪化は、架空資本を実証することになるだろう。換言すれば、「金融市場の消滅」「金融市場は信用ならない」とする小幡論文の正当性を証明することになるだろう。こういう視点からも今後の経済状況を注視していきたい。


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