共産主義者同盟(火花)

EUという社会実験の終わりなのか

渋谷 一三
369号(2012年6月)所収


<はじめに>

 2012年6月、株価の変動に異変が起き出した。
 「世界経済のグローバル化」の進展により1990年頃から株式市場は眠らなくなった。ロンドン市場が終わるとニューヨーク市場が開き、ニューヨーク市場が閉まると東京市場が開く。かくして投資(投機)資金は世界を巡り、投資家(機関)は24時間体制で株という架空資本の売買を繰り返すようになった。投機資本主義だのカジノ資本主義だのと騒ぎだされた頃のことである。
 そもそも株の売買は、増資や新規上場という例外以外の大半は、すでに投下された資本の利子(配当)受け取り権の売買に過ぎず、架空資本といわれるゆえんもそこにある。この「架空」性が、たまたま世界市場が連続性を獲得したことによってクロース・アップされて見えたために、マルクスを勉強したことのなかった経済学者が新発見でもしたかのように錯覚してカジノ資本主義と騒ぎ立てただけと言うこともできよう。
 この時期の投資家の経験則は、ニューヨーク市場が上がれば東京市場も上がり、ニューヨーク市場が下がれば東京市場も下がるというものだった。その根拠は同一投資機関(家)が、ロンドン→ニューヨーク→東京→ロンドンと連続して資金を移動させ売買行動をとっていたことにある。この時期は資金の世界的流動性が獲得され、各市場の差異は為替レートの変動や各国の経済成長率などを加味して分析すれば説明可能なものだった。
 例えば円高が進行し、株価が上昇局面であればドルやユーロを保持している投資機関は東京市場で利益確定の売りをして高い円によってより大量のドルないしユーロを手にし、これをロンドン市場の株の購入に当て、上昇した局面で売り、円安にふれさせた局面で東京市場で日本株を買いあさり、円高に誘導(自然になる力が働く)したところで利益確定の売りをするというサイクルを出来るだけ短期日のうちに完結させるという動きを繰り返してきた。
 この、日本経済が相対的に健全な限り続くと思われた運動が、日本経済の相対的健全さに変化が無いにも関わらず、なくなった。
 この6月、ニューヨーク市場が160ドル前後の急落を2度したが、その数時間後の東京市場は8円安と20円高で終わるという、従来全くなかった展開を示した。逆に、ニューヨーク市場が160ドル前後の急騰をした直後の東京市場では小さく下落したり数円の上昇をしたりして、ニューヨークとの連動性を全く無くした事態が進行した。
 本稿はこの「異様な」事態の原因を探るとともに、その原因をなしているであろう「ユーロ危機」の世界経済にもたらす影響とEUの存続問題に検討を加え、資本主義の現在の危機を探ろうとするものである。

1. 東京市場はなぜニューヨーク市場と連動しなくなったのか?

 事実が分かりやすく展開したので、まず事実から追おう。6月18日、ギリシャ再選挙の結果が出て、EU残留・緊縮財政受け入れ派が勝利したことが判明すると、ニューヨーク95ドル高、翌20日の日経平均96円高と、連動性が回復する。しかし、連立政権が発足すると20日夜のニューヨークは13ドル下げて、95ドル上げの調整になるが、翌21日の東京は72円高と、再び連動性を失う。
 ギリシャとの直接の関わりが強いヨーロッパ・米国がギリシャ情勢の影響を大きく受けるのに対し、東京市場はニューヨークほど影響されない。20日の欧米は、ギリシャの連立与党が閣外協力に終わったことに嫌気をさしてやや下げたのに対し、東京は連立が成立したことで安堵感を持続するという展開。これは日本の市中銀行株がほぼ一様に上げていることに如実に現れている。
 要するにEU問題の影響の大きさ如何によって変動の仕方が変わるという現象が生じたのである。このことによって、株式・証券市場におけるグローバル化の進展が一旦逆行するという現象がおき始めたのである。このことは、通貨統合という社会実験が、EUという限られた範囲においてすら成立しないという結論を導き出しつつあるということであり、グローバル化という観念が観念でしかなく、結局のところ米国基準の世界への押し付け以外の何物でもなかったという結論を導き出しつつあるということである。
 東京市場は欧米市場と連動しなくなった。この事実を注視していただきたい。

2. PIGS問題あるいはGREXIT問題といわれるもの

 ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインの頭文字を恣意的に並べてPIGSと、EUのお荷物扱いをする語感を込めて呼ぶ現象が欧米諸国の間に起きてきている。あるいは、ギリシャがEUを脱退してEUがすっきりする、強いユーロ通貨が帰ってくると期待する論調が生まれてきている。この論調の中にはIMFの収奪体質を批判してギリシャのためにもEUを脱退したほうがいいというギリシャへの好意的論調も含まれる。要するに、お荷物諸国はEUを脱退すべしという論調である。
 この論調の一つとして、同志社大学教授の浜矩子さんの考察は興味深いので紹介する(Voice7月号)。氏は、単一通貨圏が存立する要件として@その経済圏の域内で経済実態の収斂度が完璧であることAその域内において所得再分配のための仕組みが確立されていること を挙げ、ギリシャはそのどちらの要件も満たしてもらっておらず、そもそもEUに入る必要が無いのだと結論する。なかなかユニークな発想から現実に接近して結論を出していると筆者は思う。こうした流れから、北イタリアの独立を主張し独自通貨をもつことを主張する「北部同盟」がイタリア政界に躍り出た根拠を示し、更に、円通貨圏からの離脱という視点から地域通貨の一定の波及や地方分権の要求が発生する根拠を説く。
 「グローバル化の進展」という言葉に踊り、そのことの表象する現実の進行がいかなる意味を持っているのかを分析することを阻まれてしまった世界中の多くの経済学者に、PIGS問題は、事態を注視し、虚心に分析することを提起している。グローバル化は実はあらゆる分野で進展していたのではなく、あったとしても限定的で、実際は米国基準の押し付けの進行以外には実態はなく、ことに金融においてはそんなことはなかったと言ってもいいのではないかと、言外に言っている。
 さて、とにもかくにも、住宅バブルについでITバブルを起こし、ついにはバブルが起こせなくなった欧米はついに金融バブルという「禁断のバブル」に手をそめ、にっちもさっちも行かなくなってしまったという風に現在を捉えることも可能でしょう。

3. IMFによる支配

IMFからの離脱がいかに有意義かをアルゼンチンの例を引いて述べる学者も多く存在する。例えば、岩本沙弓さん。『デフォルトによって債務軽減を図り、自国通貨によって自国通貨建ての債券での財政再建を図った方が、後の経済回復が期待できる。』と結論付けている。『ギリシャはユーロに参加している以上、自国の裁量でユーロ紙幣を刷るわけにもいかず、ユーロ建ての債券によって身動きが取れないのは周知の事実である。』と指摘している。緊縮財政反対派(反IMF派と認識すべきだろう)の急進左翼が僅差の第2党にとどまり続けている根拠はここにあり、EUという社会実験に<離脱>という有力な選択肢を提示している路線闘争である。
岩本さんの論を少し長いがもう少し引用させていただく。というのも、結論だけの引用では失礼であるからでもある。『1ドル=1アルゼンチン・ペソで固定されていたものが2001年末のデフォルトによってペッグ制が解消。その直後から1ドル=3.5ペソ台まで通貨が売り込まれ、現在も1ドル=4.2ペソ近辺で推移している。その際のアルゼンチン経済だが、2002年の実質成長率は−10.9%であったものが、2003年は+8.8%、2004年は+9.0%となり、輸出も2002年の257億ドルから2004年には345億ドルと30%余り増加。以降も食料、バイオ、鉱業、観光の分野を中心に経済発展を遂げており、サブプライム危機の影響をものともしない現在の経済状況は、サブプライム・バブルで世界が沸いたピーク時よりもさらに5割ほど上昇しているアルゼンチン・メルバ株式指数からも窺えよう。』
たとえて言うなら、ギリシャという貧者に金を貸したサラ金業者がIMFで、サラ金業者としては金を貸したい。貸した上で高利で収奪して自社の存続のための餌食としたい。金を貸し付けるためにはEUを離脱してもらっては困る。借金は回収できる限り、多ければ多いほどよい。金を借りた人間がどうなろうと構うことはない。借金を返せたということは立ち直ったことの何よりの証拠である。
これがIMFの論理である。
見方を変えると「ギリシャ危機」とは、「餌に逃げられそうな危機」ということになる。
もちろん、政権党となった新民主主義党から見れば、EUから見捨てられ、他国の銀行からギリシャ国債の利子払いを厳しく取り立てられる上に、より重要なことだが新規に国債を発行しても、今までのように他国が国債を消化してくれることはないことになり、実質上国債の発行ができなくなり財政破綻に陥るということになる。IMFからさらに借金を重ねEUに残る道を選ぶ側の論理はこうした図式に基づく。
歴史的に見れば、IMFの支配下に入った国が経済回復した例はない。ブラジルなどもIMFの支配を拒否してから一機に経済回復をした。債務不履行という「借金の踏み倒し」を宣言して「鼻つまみ者」になったはずのブラジルが、その後急速にBRISCなどと呼ばれる経済急成長国になったことは記憶に新しい。

4. EUという実験の終焉

 3項のように見てくれば、早晩ギリシャはEUを離脱する。離脱しない限りギリシャの経済回復はないという結論に達する。
 ということは、EUという社会実験が一旦終了することを意味する。EUが存続するとすれば大幅に縮小した諸国=経済や社会保障の水準がほぼ同水準の諸国のみでEUを形成する以外にはない。
 この筋書きを壊す政治的流動がフランスにおける大統領・議会ともに社会党が勝利した政治流動・運動である。反EUを意識した選択ではないにも拘らず、客観的にはギリシャを食い物にしようとするドイツへの反乱であり、EUの縮小再編成の道を閉ざす選択をしてしまっている。
 こうした運動が生じた根拠は、EU運動による仏社会階層の貧富の拡大であり分裂の深化である。
 現在の社民主義は、EUという社会実験を欧州に拡大したレベルでの社民主義社会の実現と捉え、そこに向けてリードしていくという理念も技能も持っていない。ドイツがユーロ安を梃子に輸出を拡大し、蓄積したユーロをPIIGS諸国(PIGS+アイルランド)に貸しつけ、金融上の利益も得ながら実質上の金融支配体制確立していく形式がEUということで終わりそうである。西欧社民主義の根源的努力なくしてはEUは終焉するしかない。




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