共産主義者同盟(火花)

TPP加入問題(3)

渋谷 一三
367号(2012年4月)所収


<はじめに>

 前稿で、TPPの本質はその参加国のどの一国に対しても米国が介入できる仕組みになっている点にあることを指摘した。ここに決定的な違いがあり、ここにこそ米国がTPPを押し進める唯一の理由があると述べた。さらに、日本は中国との関係を軸にするのか、米国との関係を軸とするのかと詰め寄られている点にも注目した。「分野ごとに組む相手を代えていく」(行天 豊雄さん)という当たり前の主張も、自前の軍事力を持たない限り米国の恫喝に従うしかないという軍事の問題が根底を規定していると指摘した
 民族主義的に考えるならば、ここから出てくる結論は、すでに自前の軍備を持っているのだから、これを自由に使えるようにすると同時に核武装をし、中国のような自立した帝国主義国家になる以外に解決策はないと結論付けられるだろう。
 その日が出来るだけ早く来るように努力しつつ、その日までは屈辱的TPPに加入して胆を舐めようという結論になるだろう。
 民族主義者として考えても、どうも美しい希望の持てるヴィジョンは出てこない。
 本稿では、共産主義者としての態度を検討していきたい。

1. いわゆる世界情勢の変化

米国の失業率は1%改善され、8%になった。これは、ドル安によるところが大きい。その象徴が自動車業界で、GMがトヨタを抜いて生産台数世界2位になった。東北大震災とそれに続くタイの洪水によって部品が供給されず生産が出来ず、生産台数が落ち込んだことも象徴的である。日本以外で生産されている自動車台数も減少しているのである。
 日本の2011年の貿易収支も約2兆8000億円の輸入超過になった。36年ぶりだそうだ。輸出の落ち込みによる。
 ドイツはユーロ安を利用して輸出を大幅に増やしたが、いつまでユーロ安定化に資金を拠出しないでやっていけるか、綱渡りの外交を行っている。
 アメリカンドリームという夢を見させて、貧困は能力がないからだと催眠することに成功してきた米国神話が崩壊の兆しをみせている。一旦終息させたはずの「格差是正」要求のデモが、イリノイ州で逮捕者200名を出す事態として「復活」している。格差を是正せよなどという抽象的な要求など米国社会では有り得なかった。そんなことを言うのは無能な恥さらしの人間のたわ言だったはずだ。誰もそんなことは言わなかった。だが今や、声を張り上げて抽象的な要求を言うだけの底の浅い運動が持続性を獲得しているように見える。
 下層階級の不満を吸収して登場したフランスのサルコジ大統領の再選がおぼつかない。日本ではサルコジ流の橋本維新の会的潮流が勢いを得ている。日本で下層階級が成立してきたことの証である。と、ともに、下層階級の不満が相当のエネルギーを溜め込んできており、社会主義イデオロギーのデモでエネルギーを発散させてしまうという統治方式も機能しなくなっている。転機である。

2. こうした変化の根拠は何か

 世界的階級闘争の反映である。帝国主義の超過利潤によって買収されきった「先進国」の労働者の賃金は、いわば不当に高くなり、一人の労働者の生産性を上回る賃金を得るまでになっていた。日本では、年収1000万近くになる労働者が「正社員」階層では珍しくない。維新の会に槍玉に挙げられた大阪市交通局のバス運転手では1000万以上が200人以上に上っていた。1000万円の購買力を考慮した場合、この運転手の労働によってそれだけの価値を生み出す効果を持った労働だっただろうか。否である。要するに周り回って超過利潤によって養われているのである。
 こうした状況はまず資本の側から「是正」された。生産を労賃の安い海外に移すことだった。総資本としては日本国内の産業空洞化を招き消費市場を縮小させる海外移転は欠点を持つ方法であるが、個々の資本にとっては、そんな暢気なことを言ってはいられない。日本の労働者の経済闘争の結果が、「超過利潤によって自らが買収される」事態と「個別資本の海外進出」である。さらに、派遣労働者等の労働者下層部の創出であった。この階層は、「海外進出」などすることのできないサービス業を中心に生み出され、海外移転した業種の製造業の日本国内労働者に波及していった。この過程がほぼ完成したのが現在である。労働者下層部が労働者上層部と完全に分離されて成立し、労働者上層部より多数になった。このことの政治的表現が労働者上層部を攻撃の的とする『維新潮流』の発生である。

3. 先進国の停滞と中進国の低速化の行き着く果て

 米国はITバブルの後、住宅バブルとその崩壊、その「収拾」としての金融バブルとその崩壊と、学ぶ能力を失い、バブルの形成と崩壊を繰り返している。日本は常にこの後始末をさせられ「バブル」を経験させられたり、リーマン・ショックなどの金融不況の「連帯責任」を取らされている。分析上は、米国に規定された副次的現象として分析するのが妥当な位置にいる。
 歴史的実験として期待を集めたEC/EUの実験も破綻が見えてきた。ドルに代わって基軸通貨になることが期待されさえしたユーロが、うまく行けばその圏が拡大するという必然的運動によってギリシャやスペイン、イタリア、ポルトガル、ポーランドe.t.c.などに拡大し、その拡大が域内の不安定化・通貨ユーロの不安定化をもたらすこととなってしまった。世界大戦を生んだブロック経済を克服するかに見えた経済共同体の実験も、米国のバブル方式を越えるものとはなり得なかった。
 「先進国」企業の「海外進出先」として急速な経済成長を遂げた中国やインドなどの「中進国」の目覚しい経済成長には早くも翳りが出てきた。多国籍企業の運動の一環でしかなく、民族・国民経済として発展したわけではない本質が露呈している。
 ともあれ、中・印などの国々が経済成長を遂げ、先進国の労働者の賃金との差が縮まっていることは、紛れもない世界的運動である。日本の資本投下はタイやベトナムにシフトし始めている。早晩、これも行き詰まりインドネシアやミャンマー等へと変遷するだろう。
 要するに、より安い賃金と生産環境を求めて資本が移動し、この運動の結果として、世界的に賃金の平準化が進んでいる。
 マルクスが運動の必然的結果として予定した世界革命の条件が成熟してきているということである。

4. 労働者の賃金の世界的平準化と社会主義革命

 <はじめに>の項で見たように、民族主義的に事態を見た場合、明るい展望はなかった。
 そして、資本の運動は世界革命の条件を成熟させてきているように見えるが、それは労賃の世界的平準化という1点でしか認識できていない。そして何より、社会主義がどのように内包されているか、その分析が全く立ち遅れている。
 この分析を行うという位置から、帝国主義諸国の国家財政の行き詰まり・破綻とその資本主義の側からの解決の模索の運動に着目して行く。日本で言えば、「維新の会」の運動や「みんなの党」の運動などの分析を通して、「社会主義とは何ぞや」「社会主義的解決とはどのような方策なのか」等を明らかにし、もって社会主義が現実の中にどのように内包されているのかを明らかにするということである。

―以上―




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