共産主義者同盟(火花)

橋下維新の会の大阪市・府ダブル選挙勝利は何を意味するのか

渋谷 一三
366号(2012年3月)所収


<はじめに>

 芸能人「橋下」が大阪知事選に立候補し、当選した時、筆者はこの現象への論評を控えた。3人立候補したが、票差が社会現象を表象するほどには開いておらず、共産党系候補はほぼいつも通りの票を獲得していたし、民主党候補は大阪駅に新幹線を迂回させて新駅をつくるなどという前時代的なばらまき政策を掲げたために民主党支持層すらまとめることができなかったからである。
 この段階では、大阪の芸能人好きの横山ノック現象との区別性ははっきりしていなかった。少なくとも筆者にはそう映ったからである。
 しかし、今回の選挙では、週刊新潮を始めとするブルジョア公認ゴシップマスコミの集中砲火を浴び、本人が弱気になり、長女をはじめとする「家族が傷ついている」状況の中で、圧倒的と言ってよい勝利を維新の会が収めたのである。この現象は静観しておくわけにはいかない現象であると判断した。

1. 民主党の迷走=公約違反の連続

 民主党は自民党のばらまき政治を批判し、特に小沢さんによる従来自民党の牙城だった農山地の票を奪う政策の提示によってなだれを打つ大勝利を得て政権を獲得した。
 小沢さんの政策体系の提示なくして政権はとれなかったことは絶対に間違いのないことなのだが、それは従来の民主党の支持層=都市中間層といわれる階層の代表部とは異なる。連合が表面に出てくるように、この民主党は我々の言葉で言う労働者上層部の政治的利害を代表していた。この旧来民主党は菅などを人格的代表とする狭い部分で、単独では決して政権を取ることはできない勢力である。これに、岡田を代表とするブルジョア本流派や前原を代表とするブルジョア右派などが連合したのが旧来の民主党だった。これだけでも収拾しようがないのに、ここに農村・山村・漁村の小ブルジョアジーの利益を代表する小沢派が大量に議員を当選させて参入し、3派連合党となった。
 政変を生んだのは小ブルジョアジーの小沢派なのだが、司法を巧みに取り込んだ反小沢シフトにより、この政変の立役者たる小ブルジョアジーの政策は「公約違反」の連続として、裏切られ無視されたままとなった。政変を生んだ不満のエネルギーの放出先がなくなったのである。
 TPPによる農産物の輸出入の自由化を、工業製品(特に家電)の輸出自由化にはやむを得ない犠牲としてしまう大ブルジョア派から分離し主張しきるためには大ブルジョア・小ブルジョア連合としての自民党から自らを分離する以外にはないことを歴史的に宣言したのが「民主党の地すべり的勝利」だった。
 ここでTPP賛成派たる前原派や野田が家電業界の利害を代表する松下政経塾出身であったことは偶然などではない。自民党の締め付けから勇断をもって自らを分離した小ブルジョア階級は、再び自らの利害を表現する代表部を失ったのである。
 大ブルジョア派は自民党と民主党と双方におり、ねじれをおこす原因となっているが、政党再編を行わない限り衆参のねじれを含むねじれが解消されることはない。この事情を参議院の存在のせいにするという荒っぽい「分析」が船中八策を模した維新八策の一つである。行き場を失った小ブルジョア階級の不満や切実な政治的経済的欲求が「維新の会」の支持に向かっていることが、この事例にも表れている。
 自民・民主にまたがる大ブルジョアの連携によって小沢封じ込めが成功し、検察が2度も断念した起訴を検察審査会が行うようにせしめ、小ブルジョアの政策は全て「公約違反」の箱の中に入れられてしまった。
 小ブルジョア階級にしてみれば、大ブルジョア階級と違って、「海外移転」など出来ない。農業・漁業・林業などが「海外移転」しにくいのは想像しやすいでしょうが、実は工業も小ブルジョアでは移転しにくいのである。資金がない。ノウハウもない。市場も開拓しなければならない。これが独立したブルジョアだが小さい工業ブルジョアの本当の姿なのである。製品の販売先がイコール納入先という大企業に完全に支配された「下請け」と称される小工業者だけが大企業に付随して「海外移転」しているだけのことである。
 小ブルジョアジーには「海外移転」という解決策はない。
 このことをはっきりと認識することが出来れば、自民党や野田・前原・岡田派連合の打倒なくしては小ブルジョアは消滅する以外にはないところまで追い込まれている。TPPが実現すれば韓国の三星などに取られてしまったシェアの幾分かを取り返すことは出来るかもしれないが、かろうじて米作で残っている農業は壊滅状態になる。東日本大震災を例示するまでもなく、一度壊滅的打撃を受けたら農業は特に復興しにくい。TPPは沿岸部だけを襲うのではなく、沖積平野全体を日本全土にわたって破壊するのである。果樹などの洪積平野や山間部をも破壊される。
 消費増税がまかり通れば小工業者はもはや採算割れを起こし倒産する以外にはない。いかに優れた製品を製造したとしても、今日の工業製品は、驚異的な高品質ではなくても「好品質」な普通の工業製品で十分に代替可能なほどに一般の製品の品質水準が上がっており、独立峰的な小工業者は「隙間産業」化されてしまっており、さほど広くない市場を相手に細々と高品質・高価格・少量生産をしているだけのである。消費増税はかろうじて生き残った小工業ブルジョアジーの国際競争力を最終的に破壊する。
 せっかく代表部を生み出したのに一度も政権を取ることもなしに大ブルジョアジーにいいようにされようとしている小ブルジョアジーは、存亡の淵に立たされている。このせっぱつまったエネルギーが代表部を求めて「維新の会」にも流れた。これが、第一の要因でしょう。

2. 労働者上層部の2倍以上になった労働者下層部―労働者上層部の半数前後を占める「公務員」

 第2の要因は、間違いなく公務員へのファシズム的羨望とバッシングである。労働者下層部の方向性や冷静さを失った矛先は、すでにこの階層の「子どもたちの荒れ」、この階層の親たちの「モンスターペアレント」化現象として露呈してすでに久しくなっている。
 投票行動を左右したと推測される代表的な事例を挙げよう。市バスの運転者の給与である。大阪市を走る民間のバスの平均給与より年収で200万円ほど高く、年収1000万を越える運転者が10%にも達していて、橋下府政との対抗関係で前市長の4年間にやっと減らしたものの未だ1%もいるとされている。このデーターの信憑性が高いのは、橋下批判のため前市長時代の市政だよりにそう書かれていたからである。
 平均年収700万円という市バスの運転手の給与水準は、小泉改革後さらに低くなった労働者下層部の上限年収300万と比べれば、いかに高給であるかが分かる。さらに、市バスは赤字経営で、この赤字を黒字経営の地下鉄の収益で補填していた。このことを暴き、東京と比べて7割方高い大阪の地下鉄の運賃値下げを公約に掲げ実行するに及んでは、民主党の初期「仕分け」に似た興奮と達成感を大衆に与えることに成功している。また、「運転手」ということばを差別用語であるかのようにし、「運転士」と改称する運動をするなどの示威行為への反感など、赤字なのに平気で高給を食む市バス運転手攻撃は、低所得階層の方向を失ったただ単なる攻撃性の増大の絶好のはけ口を提供した。
 実は筆者は「維新の会」現象の巨大なエネルギーの源泉は、今日、こっちの方が圧倒的に大きいのではないかと推測する。
 この階層の不満が、小ブルジョアジーの利害とさほど関係がない階層を小ブルジョア政治と結びつける役割を果たし、巨大な政治連合を生み出させた源である。労働者下層は客観的には小ブルジョア階級を手ごろな打倒対象として見出すことも可能な階層である。小規模な雇用主は概して低賃金で労働者を雇用しており、労働者下層部の直接の雇用者が小ブルジョアであることのほうが一般的だからである。
 だが、疲弊している階級は、マルクスが心配したように攻撃性だけが高まり、方向性や現状分析能力や運動構築能力などはなく、ファシズムの温床を形成してきた。小ブルジョア階級は労働者下層部の攻撃の矛先が自らに向けられないようにという防衛の必要性から「本能的」に、正確に言えば必然的に、ファシズムを生み出すのである。
 日本共産党などが、ことあるたびに分析も何もなく、単なる悪の代名詞として「ファッショだ」などとわめきちらしてきたために、今日、ファシズムの危険性を指摘することは狼少年と受け取られる。悲しい負の運動の遺産だ。しかし、上記のように、本来、橋下などを嫉妬の対象にし政治などに興味を持つ素養すらない階層が熱狂的な橋下支持層になっている現実をみれば、方向性や分析性を欠いたエネルギーが吹き荒れる状況をまず承知し、労働者階級の運動の発展の中にこのエネルギーを包摂していく態度を取るだけのことである。下層のエネルギーと方向性のない攻撃性に恐怖する位置からファシズムを論ずるからこそ日本共産党のキャンペーンはますますファシズムを増大させていくのである。
 「維新の会」が「維新八策」を掲げ国政や憲法、統治機構までも問題にしてきている以上、市バスというローカルな話題ではない攻撃の矛先を用意しなければならない。公務員バッシングは必然である。政治的表現としては「公務員改革」というマイルドな表現になるだろう。
 労働者上層部として本工主義を丸出しにし、世界政治を分析する能力も気概もなく、圧力団体としての組合運動をおざなりにしてきた公務員の運動と社会階層分析は別稿に譲る。
                                           −以上―




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