共産主義者同盟(火花)

世界の通貨の不安定(2)

渋谷 一三
362号(2011年11月)所収


<はじめに>

 ギリシャが燃えている。火炎瓶で文字通り燃えている。
 これに伴い、ドル安が止まらない。なのにユーロ安は止まった。一体どうしてユーロだけ止まったのか。
 金融資本主義にシフトして生き残りをかけた欧米の戦略は見直しを迫られているのか、それとも金融資本主義の必然的現象としての通貨不安という風にみるべきなのか。
 こうした世界情勢と切り離された思考しかもたず、単なる事後処理として東日本大震災に対処しようとしている日本民主党政権の増税政策は何をもたらすのか。

 経済的には死に向かいはじめた米国への隷属を開始せざるを得なくなる道に突き進む野田政権の姿を浮かび上がらせるのが本稿の目的である。

1. ギリシャはなぜ労働者の4分の1が公務員なのか。

 基本的には脆弱な工業しか持てなかった歴史が再生産され、観光以外に国際競争力を持つ産業がなかったことによる。
 こうした国家は大量の失業者を抱え込み、労働力市場において労賃を下げる役割を果たす大量の失業者の存在によって貧困国になり、安い労賃を唯一の武器に産業を育成していくのが通常の道である。
 だが、観光によりいわば「分不相応」なほどに外貨を獲得できる特別な地位をもった国家であったことから、失業者を公務員として抱え込み有力な消費者としても登場させる戦略をとることができた。外貨がこうした経済戦略を採ることを可能としたのである。
 この経済構造の政治的表現が「社会民主主義」であり、要するに観光がもたらす外貨によって失業者を国家財政で養うシステムを「社会民主主義」と標榜したのである。政権が社会民主主義政党によって維持されてきたことは、この経済戦略の直接的表現であった。

2. ギリシャ戦略に無自覚だったギリシャ社民政権

 失業者を公務員として吸収し治安を維持することは観光立国にも寄与するし、消費を増やし国内市場を拡大させ国家経済のゆっくりとした「離陸」を保証するはずだった。だが、この戦略は誰が考えたものでもなく、必然性から自然発生したものらしい。誰も自覚的でないからだ。
 もし、この経済戦略に自覚的であったならば、EUに入るはずがない。EUに入れば工業の離陸は出来ない。ギリシャ市場はドイツの市場になる。逆に高いユーロという外貨を得ることができなくなり観光立国のメリットはなくなる。ユーロ圏に入ってしまうので、ユーロは高い外貨ではなくなり、自国通貨に成り下がってしまうからである。
 なのに、なのにである。ギリシャはEUに加盟してしまった。必然的に観光立国路線は苦しくなり、膨大な公務員を養うための財政赤字は急速に拡大しだした。もちろん財政赤字は今までも蓄積していたのだが、その速度が急速になっただけでなく、国家財政の累積赤字額がEUの規定に抵触しだしたことが大問題なのである。

3. ギリシャの加盟を取り消さないEUの怪

 そもそも、EUが発足するためには加盟国の財政が健全であることが絶対的に必要な条件である。このため、EUの形成時から財政の悪化した加盟国を排除するための規定がマーストリヒト条約に「No Bail−out」という形で盛り込まれている。足を引っ張られることを阻止するために、他国の債務の肩代わりをEUがすることを禁じている。この規定に従えば、ギリシャは即刻加盟を取り消されなければならないのだが、なぜか、独・仏をはじめEU加盟国はこの規定を適用しようとしない。
 昨年(2010年)2月の段階で、ヨーロッパ中央銀行のイッシング理事は英国のフィナンシャル・タイムズ紙上で、EU条約を論拠に、ギリシャ通貨への支援に反対していた。
 だが、ドイツはユーロが高くなってくるとギリシャの財政危機をキャンペーンし、ユーロ安を維持することに成功した。この結果ドイツの対中輸出は55%増となり、2010年のドイツのGDP成長率は東西ドイツ統一以来最高の3.6%という高率を達成した。
 ドイツがユーロ安を是非とも維持しなければならなかったのは、米国の相対的没落により、オバマが輸出立国路線を打ち出し、ドル安を追求したからでもある。米国議会は期限切れ当日まで国債の発行上限の改定を阻止する素振りをして、デフォルト(債務不履行)を匂わし、一段のドル安を現出することに成功した。こうした、ドル安攻勢に対処するためにはギリシャを抱え込みユーロ安を現出することが是非とも必要だった。
 EUはギリシャという危険な因子を切り捨てることが出来ず、危ない橋を渡る以外にはなくなったのである。勿論のことであるが、これによって、ドルに代わってユーロが国際機軸通貨になることはなくなった。このことは米国にデフォルトをしなくてよい保証を与えることにもなっている。基軸通貨ドルを増刷することによって債務を返すぞという滅茶苦茶な脅しが成立するからである。ドルの増刷を恣意的に行えば、ドルの信用は失墜し国際経済は大混乱を起こすので、今まで一度もそんなことはしていないが、最後の脅しとしてはありえるのである。恣意的にではなく、ドルの増刷をするしかない破滅局面では必然として増刷してしまうのである。それが破滅の道と知っていても。

4. 消費税を2015年までに10%にすると「国際公約」してしまった野田政権の無知!

 3章で見たように、金融資本主義で立国しようという戦略をとった米・英の失敗の後始末として、米・欧は通貨安を何とか実現して輸出立国という「古い」路線へと戻ることによって経済の回復を図っている。
 よりによって、この情勢下で円高を誘導する増税を国内手続きを無視してG20という国際会議の場で宣言してしまっているのである。
 案の定、円はドルに対して史上最高値を更新している。1ドルが70円を切るのも時間の問題になってしまった。
 さらに無知な野田政権はTPPへの参加交渉に望もうとしている。1ドル70円を切った不当に安いドルとの間に米国を制裁することなどできない国家関係の下で関税を撤廃する「自由」貿易協定を結ぼうとしているのである。どうしようもないほど無知である!
 のらりくらりと時間を稼ぎ、2国間協定をふんだんに結ぶことによってTPPに参加しないでよい条件を作ることが「国益」であるときに葱を背負ってTPP加入に舵を切ろうとしているのである。もう、衆議院を解散させる以外にはない。後の稿で述べるが自民党が政権を取ってもTPPへ参加するが、一旦の時間稼ぎはできる。というのも、民主党をためにするためにTPP加入に慎重なポーズをとるからである。実は民主党はTPP加入に反対すべき党で、自民党こそTPP参加を推進すべきなのだが。

5.民主主義を踏みにじる民主党

 野田首相は首相就任直後の訪米で、国会で議論もされてはいないし、民主党内でも議論されていない原発の輸出再開をアナウンスしてしまった。今、また、原発の事故を5万年に一度などという何の根拠もない確率を前提にコスト計算し、1円ほど高くなるだけという恣意的計算方法を取った挙句の数字を出し、原発を再開しようとしている。これは脱原発を党議にもかけずに既成事実化しようとした菅前首相の手法と全く同じであり、菅はよくて野田がだめという性質のものではない。独断専行。政策に系統性なし。これが民主党であり、決して労働者階級の利害を部分的に反映する時がある小ブルジョア政党でもない。
 労働者階級の利害を反映する議会政党が求められているゆえんである。
 民主党政権が誕生したことで、民主党への幻想が克服された。労働者階級は次への一歩を踏み出すことができる。




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