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TPP加入問題

渋谷 一三
362号(2011年11月)所収


<はじめに>

 民主党野田執行部は党内の半数にも及ぶ議員の反対論議すらさせずにTPPへの加入を決め込んで動き出した。
 おそらく、米国の利害を代表する人間の、その意図を隠した学術的装いに騙され、TPPに参加しなければ日本の大企業は生き残れないとでも思い込んでいるようだ。事実、取り巻きの御用学者は、そう思い込んでいる。
 果たしてそうなのか。TPPに加入したと仮定して検討してみよう。

1. 韓国の電機会社(三星)が伸びたのはFTAによるものか。

 TPP推進の論拠として語られるのは、韓国の経済成長が米韓等のFTA(自由貿易協定)締結によるもので、日本もバスに乗り遅れるな、というものだ。確かに時期が重なるからそう見える。だが、サムスンの競争力は品質の良さと低価格にある。日本の労賃と韓国の労賃を比べれば日本に国際競争力がないのは一目瞭然である。
 その上、この2年近く、日本は地デジ化という膨大な無駄な人為的需要を起こし電機産業をてこ入れしたので、日本企業は日本製の製品を海外に輸出する必要など全くなかったのである。だから、韓国がこの間隙をぬって成長した。それだけのことである。海外向け輸出は既に日本国内で生産などしていない。今、洪水で話題になっているタイはじめ、海外で安く生産しているのである。
 サムスンの成長とFTAとは全く関係がないことが分かる。

2. 自動車産業はTPPに加入しないと生き残れないのか。

 これも洪水でにわかに認知されたように、アジアでの自動車の生産拠点はタイに移っており、北米では米国に生産拠点を持っている。
日本の自動車企業は既にとうの昔に多国籍化しており、TPPに加入することによって起こる変化は、日本企業の売り上げの低下ではなく、例えば米国産ホンダ車を日本が輸入して国内で販売するという事態が進行することであり、例えばタイ産の日産車を日本に輸入するという事態である。
 要するに日本企業は生き残れるのであり、生き残れないのは日本国内の日系企業従業員である。
 すでに派遣社員という形をとって別子会社による実態的生産によって日本の労賃は下がっているが、円高によりなお国際競争力を失い続けている。この結果、日本国内の失業者は増え、労賃がますます下がるという効果は起きるが、それが米国やタイなどの労賃水準にまで下がった時には既に市場は他国の生産によって満たされており、わざわざ日本製品である理由などどこにも無くなっているのである。
 すでにタイに見られるように優秀な中小企業も海外移転を余儀なくされ、すそのごと海外に移転し始めているのである。
 日本の失業者が増えるということは社会保障費が増えるだけでなく、治安の悪化をもたらし、購買力の低下を生み、国内市場をますます細らせる悪循環に入ることを意味する。
 日本に2国間の貿易協定をくまなく結ぶことによって米国の利害に支配されない自由貿易を担保し、なんだかんだと難癖をつけて時間稼ぎをしながらTPPに参加しなくてもダメージのない貿易関係を作ってしまうのがベストな戦略なのである。かえすがえすも言うが、米国はドル安とTPPによって米国産製品(日本企業の製品であっても一向に構わないのだ!)を輸出しようとしているのだ。そして、もう一度注意を喚起しておきたいが、日本企業はすでに国際化しており、TPPに加入しない限り生き残れないなどというのは何の根拠もないデマだということだ。
 TPP参加が国益であるかのように本気で叫んでいる御用学者の国際感覚を疑うばかりである。

3. 粗悪品が日本市場を席巻する。

 医療が最も象徴的である。医療関係者がこぞってTPPに反対するのは根拠を反映している。
 医薬品の開発には時間がかかる。臨床実験まで含めると3年以上の期間がかかる。その間に認可の基準の甘い米国製薬会社に出し抜かれることはこれまでに進行している現実である。TPPに参加することによって、米国で認可を受けた製品が日本市場に入ってしまうので、例えば糖尿病治療薬市場に入り込む余地がなくなってしまっているという事態が生じる。日本の製薬会社はますます米国の製薬会社を買収しここを開発拠点に認可を米国で受けるということになっていく。要するに研究者も失業し、日本の国力はますます下がるということだ。
 また、高度な医療は輸出産業になり始めているが、これに拍車がかかることになる。中国や米国の富裕層が日本の優秀な高度医療を受けにくる。ということは、日本の地域医療体制が崩れ再構築を余儀なくされ、新たに病院網を税を補填して作らなければならなくなる。というのも、地域中核病院だったところが、黒字化を目指して海外富裕層を受け入れるため、新たに作らなければならない病院は今以上に赤字になるからだ。
 TPP参加が、医療の現場でも、失業者を生み国内市場を狭めるばかりでなく、研究者(開発者)の途絶を生んでいき産業自体の衰退を招くことが分かる。TPPに参加しないことによるディメリットは何かあるだろうか。

4. 農業への打撃は回復に100年はかかる。

 農業の失業者は、深刻な社会問題になるだけではない。国内の消費市場は大幅に縮小し、それは工業の失業者を生むところまで波及する。そして、出回る農産物は粗悪品ばかりで、人々の健康被害は深刻化する。何より一旦放棄された農地は回復に10年はかかり、一旦失なった農業技術や知識および裾野は回復に100年はかかる。
 すでに、大豆製品がそうなっている。
 味噌・醤油・納豆というおよそ日本的な食品が、95%を輸入に頼っている。そのほとんどは米国だ。米国では遺伝子組み換えの大豆が大量に栽培され、遺伝子組み換えでない大豆との交配も進んでしまっているはずで、もはや「遺伝子組み換えでない」と表示するのが詐欺に近い状況になってしまっている。粗悪品が日本市場を席巻してしまっているのである。もっとも伝統的な日本的な食品にしてこのありさまである。ここから波及してとうもろこしもほとんど米国産。遺伝子組み換えトウモロコシを飼料に育った「国産」肉類も汚染が進まざるを得ない。物価の優等生の卵もしかり。
 日本に十分な耕地がないわけではない。大豆は自給していたのだ。だが、日本の国産大豆の10分の1程度の価格で入る米国大豆に太刀打ちはできない。だれが2倍も高い「同じ」「国産牛肉(豚肉)(鶏肉)」を買うというのか。5倍も高い国産豆腐、6倍も高い国産納豆。
こんなものなど売れるはずがない。どちらも国産なのだ。
 かくして、大豆製品市場は遺伝子組み換えをした劣悪な米国製品に席巻されてしまった。彼らはトウモロコシを湯がいて食べるわけでもないし、豆腐や納豆を食べるわけでもない。もっぱら家畜飼料用として生産し、それと全く同列の意識でもって輸出用商品作物として生産しているだけなのだ。
 大豆は耕作地ごと破壊されてしまった。
 TPP加入による農業の破壊を回復するためには東北大震災の復興に要したような特別増税が必要になるだろう。

5. TPP加入は大企業には何のメリットもなく、中小自営業者へは倒産・失業をもたらす。

 したがって、自民党の政策であってもならないし、民主党の政策であってもならない。なのに、自民党は農業を会社経営化することを理想とする大企業優遇路線の延長線上にTPP加入があると思いこんでいるし、野田派や菅派、前原派民主党はTPP加入を国益だと思い込んでいる。
 日本の政治家の国益感覚のなさと、経済学者の不勉強とをTPP問題は露呈させている。


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