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脱原発か原発再開かの瀬戸際

渋谷 一三
358号(2011年6月)所収


<はじめに>

  この数週間が日本の原発政策を決定づける高流動の時期である。
  イタリアは国民投票が予定されていたことで、あえて言えば熟考せずして結論だけ正しい選択をした。国民投票が予定されていなかったら、この時期を避け、フクシマの熱が下がってから原発推進のための国民投票をしただろう。この場合、事前調査通り原発再開になった可能性もある。原発がなぜいけないのかが大衆レベルでは蓄積されていないことが反映されている。
  日本の今もまた同様である。
  フクシマによって巻き起こったこの流動をどの方向に固めるかの綱引きが行われている。
  6月11日、日本全土でおそらく100万人近くの人々による脱原発を訴えるデモが行われた。日本の反原発運動の歴史で最多の参加者である。
  原発の収束どころか、放射能汚染が進行中の最中であるにも拘わらず、民主党政権は原発安全宣言をし、再稼動を奨励した。
  民主党政権が反原発運動に敵対する立場に立ち、綱引きの一方の頭になったことを宣言したということである。

1.「風評被害」を認めることは、原発再開派の撒き餌を食べることである。

  福島産の農産物が売れないのは風評被害だという。そんなことはない。「安全基準」内と言われても、徳島産ほど清潔なわけではない。
 「安全基準」内とはいえ、汚染されているのは事実なのだ。その上、「安全基準」なるものは、今までの放射能汚染被害者から学んで決めているいい加減なものであり、科学的根拠などない。統計学的に把握できる程度の短期間のうちに顕著な症状が現れなかったというだけの「科学性」だ。
  また、ようやく認め始めたホット・スポットなる汚染物質の蓄積点がある以上、サンプル調査をした食品の安全性など全く信用できないのである。全食品あるいは全生産物を一個一個検査しないかぎり、特異点で生産された農産物を排除することはできない。というのも、全ての農地の全ての箇所を測定しているわけではないからである。全ての農地の1地点を調べることすら出来ない状況で、安全宣言をするのは、補償費を安く上げ、風評被害のせいにし、風評被害の分まで補償する義務はないとするための卑しい魂胆が見え透いている。
  風評被害などない。福島県産の食物を避ける行動は正当な行動であり、卑しい魂胆の人間に非難される筋合いなど毛頭もない。断じてない。東電は「民営化」された会社としての位置づけを全うし、売れなくなった農畜産物全ての遺失利益を保証するのはもちろん、倒産に至った小売業、移住を余儀なくされた人々の移転諸費用と失業・新職業との差損の補償などなど、強制的に避難させられた人々の遺失利益の一切を補償すべきである。
  6月22日、東電は「精神的慰謝料」として半年間は一律一人月10万円、次の半年間は一人月5万円とする暫定補償をすることを発表したが、この調子で補償していたら、肝心の遺失利益の補償などできるはずもない。退職社員の年金を下げることもようやっと取り組み始めたが、こんなことで払いきれる額ではないことが分かっていないのか、どの道払い切れない額であることを知っていて、慰謝料で大盤振る舞いをしておいて心証を良くしておいて、税金で後は払わせようという魂胆なのか。後者であることは疑いようがない。
  「風評被害」を認めることは、原発再開への布石にまんまと乗る行為である。
  福島の農地が元に戻るには、すでに、早くて5年、おそらく10年はかかるだろう事態になっている。

2.「想定外」なる無責任言語の横行を許すことは、原発再開への布石に嵌る思慮の浅い行為である。

  「想定内」と言い始めたのはホリエモンことライブドアの当時の社長の強がり発言だった。想定の範囲内にあるという使い方は日本語としては正しい使い方である。ところが、それを「想定外」とした途端に想定の是非を不問にし、想定した主体の責任がなかったかのごときになる。日本語に「想定外」がなかった所以である。
  昨今、「想定外」を流行させ、想定外だった津波の方が悪いかのごとき稚拙な言説が白昼堂々と横行している。福島の原発に関しては2010年6月17日に2号機が電源喪失事故を起こしたさいに、たんぽぽ舎の山崎久隆さんが7m以上の津波が来たら非常用電源が沈むじゃないかと追及している(情況4・5月合併号)。このとき東電は7m以上の津波は来ないことになっていると断言して、批判に取り合いすらせず、わずか9ヵ月後に炉心融解事故という大事故を起こしてしまっている。
  一体誰が、どういう試算をして7m以上の津波は来ないと断言したのか。全くの無責任体制である。誰も言っていなかった可能性すらある。設計上想定していなかっただけのことを、来ないと断言したのであれば、こう断言した東電社員は腹を切らなければならない。
 ことほどさように、「想定外」という言葉は具体的に無責任な言葉である。
  ところが、この「想定外」が跋扈している。この正しくない日本語を使う原発御用学者は、「想定外」を流行させることによって、責任が追及されない事態になったとみるや、既に居直りを始め、『津波以外には原発は安全だ』という暗黙のトーンでの宣伝・煽動を始めている。
  「想定外」との言説を許さず、『津波以外には原発は安全だ』とのマインド・コントロールに冒されないよう大衆を防衛しよう!

3.東電はきっちり補償し、倒産せよ。

  しかる後に国有化した上で、税からの補償が許される。ここをあいまいにして、税からの私企業支援を行おうとするのが、菅政権であり、そのために増税をも組み込んでいる。だからこそ、原発が非常にコスト高であることを隠蔽して、原発の再開への雰囲気づくりの一翼を担っているのである。
  こうした自分のしていることの意味も分からず、自然エネルギー法案を通すことが人気取りになるとひとり悦に入っているのが菅である。要するにお話にならない人間である。原発は事故を起こさなくても、受け入れた地域に国庫から補助金が入り、電力料金から莫大な固定資産税が払われている。だが、これらは原発のコストとして計算されてはいない。さらに、原発由来廃棄物の処理施設建設費用および地方自治体への媚薬に至っては全く計算されてはいない。また、原発関連の輸送に必ずつく自衛隊の護衛費用もまた原発の発電コストには計上されてはない。
  何度でも確認しよう。高い石油を使った火力発電の方がはるかに安上がりな発電法であり、時間帯ごとに自由に発電量が調節できることから、夜間の不用な発電をする必要もなく、CO2の発生も総量としては減るのである。原発にこだわる本当の理由はいつでも核武装できるという点にある。ならば、本気で核武装を提起すべきである。ただし、巡航ミサイルを開発しさえすれば、原発施設に巡航ミサイルを衝突させるだけで巨大核ミサイルを命中させるのと同じ効果があるので、原発は相手国の核武装をしてあげているのと同じだという点をお忘れなく。

4.菅民主党政権は増税・対米追随・大企業擁護の反労働者政権であることが判明した。

  社民党は現実的改革政策を打ち出せないでいる。例えば小沢が目指した高速無料化。税による補填はしないのだから、道路公団という最大の利権団体を消滅させることができる。これを踏襲するだけでも大改革である。だが、こうした現実主義がなく、結果として労働者階級の利害を貫徹することができない。
  日本共産党はブルジョア政党の政策のどの一つに対しても対応できていない。反対というだけであり、菅政権の増税への批判もできていない。ただ反対という立場を表明するに留まっている。
  こうした状況により、労働者階級の利害を代表する政党がなく、無党派層が最大の「党派」となる状況が続くしかない。
  社民党への加入戦術によりその変革を目指し、現実主義を獲得させることを目指す人々・党派はそうすればよい。労働者階級の政党を建設することがもとめられている。


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