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資本主義の変容と社会主義の実験(2)

斎藤 隆雄
355号(2011年3月)所収


3.米国の東欧政策

 米国の戦後日本への政治的経済的な方針は、再三話題となる憲法制定過程のみならず、あらゆる分野に亘っていることは、今や周知となっている。日本という国家と民族を根本的に変革するために様々な術策が行使され、占領下のみならず現在に至るもそれは継続されている。そしてこれは日本だけに限らず、戦後の米国世界戦略の基本的な姿勢であったことも今では誰もが知っている。
 第二次世界大戦後の世界政治の枠組みが東西冷戦という構造の下で行われ、その結果、1991年のソビエトロシアの崩壊をもってその終焉を迎えたのであるが、その過程の中で米国は様々な硬軟両様の対ソビエトロシア政策を行使してきた。今もってその歴史は進行中であり、その全容は定かではないが、少しずつ日の目を見るようになってきた。とりわけ、ここで注目するのは最近話題となった米国の対東欧政策である。ウクライナの大統領選挙に際して行使された情報戦は一部マスコミで報道されたので知っている人は多いが、91年以前にどのような情報戦が行われていたのかはあまり知られていない。アメリカ映画的なスパイ物としてしか我々は垣間みることがない。
 最近、KCM(関西共産主義者運動)の連続シンポジューム(昨年12月に開催された岩田昌征さんの講演)において筆者が知る事となった事例を元にそれらの情報戦の意味を考えてみたい。それは90年代に繰り広げられたユーゴスラビア内戦に関わる情報戦である。岩田さんの最近の著書によると、1978年8月に催された「第11回社会学者大会(スウェーデン・ウプサラ)」において全世界から五千名ほどの社会学者が参加したが、その際、アメリカからの参加者に対して、当時の大統領補佐官ブレジンスキーは事前にレクチャーしていたというのである。その時のテーマは『現代世界における世論の創造者達』であり、とりわけソビエトロシアと東欧に対する情報戦の基本的な考え方を展開していた。
 内容は、現在では当然だろうと思われるようなものではあるが、それを社会学者たちに念押ししたというのがここでのポイントであろう。以下、岩田さんの著書から簡潔にまとめてみる。

[1] 分離主義・民族主義的諸勢力に援助すること
[2] 文化的・イデオロギー領域へ浸透すること(マスメディア、映画、翻訳等)
[3] 平等主義への反対闘争-消費メンタリティへの刺激
[4] 対外債務の政治的利用-ECの信用供与の続行
[5] 異論派グループへの支援-人間主義者、アムネスティの利用
[6] SKJ(ユーゴスラビア共産主義者同盟)への軟化対策-全人民的防衛体制は諸刃の剣

 ブレジンスキーの基本姿勢は米国の対東欧、対ソビエトロシアへの政治的経済的な戦略が充分に書き表されている。対ユーゴ政策のその後の進展は岩田さんの著書に詳しく述べられているので、それを参照していただきたいが、ここで注目したいのが[3]で述べられている消費主義への言及である。([6]の項についても、後の内戦を考えると充分な検討に値すると思われるが、ここでは取り上げない)
 消費主義への刺激という意味では、アメリカ経済の過剰生産の消費地としての役割を戦争直後の日本に負わせたことは有名である。パン食がアメリカ小麦の輸出に関わっていたし、日本の畜産農家への飼料穀物経営もまた肉食奨励として展開された。何を消費するかという特定の商品から始まっただろう米国戦略は、70年代当時はもはやその段階ではなく、消費が反平等思想の基礎として認識されていたということである。
 資本主義の過剰生産に対するはけ口としてのみならず、それ自体が資本主義の宣伝戦としての役割を担わされる姿がここには浮かび上がってくる。既に何度も言い古されてきたことではあるが、日本の高度経済成長期に青春期を過ごしたいわゆる団塊の世代と彼らの親階層は、米国の電化された家族が映し出されたテレビ番組を見て、それにあこがれを感じて育ったし、働いていたと言われる。様々な商品が生産され、消費されていくことが資本主義を支えていた。更に付け加えれば、それらの商品の多くは家事労働に関わっていたことも、消費社会化にとって重要である。前回取り上げた大塚の論説が言うように、消費社会化は女性の消費行動に大きな影響を与えたことは疑いがない。
 では何故このような商品を媒介とした宣伝戦が可能であったかという問題が、そこでは問われる。何故、大量の商品群が「反平等主義」を担うことになるのか。資本主義賛美の宣伝が大量の商品によって担うことが可能なのか、である。70年代後期の段階で米国が対ソビエトロシアや東欧に対して消費心理を煽ることが可能であったのは、対する社会主義経済社会の有り様と関わっているとしか考えられない。米国的な資本主義経済の生み出す大量の商品群に対して、ソビエトロシアの大衆消費財は見劣りがするし、また供給も不足がちであるという現状をブレジンスキーは認識していたのである。
 しかし、当時を知る人々にとってこれは違和感のある認識である。モスクワとニューヨークの労働者生活や街角の様子を比較しても、それ程格差があるという話は聞かないし、岩田氏が指摘するように実際上もそうであった。確かに、米国の宣伝戦を担っていたメディア媒体が提供する「生活風景」の中にはニューヨークのスラム地区は映し出されないだろうし、他方モスクワは自らの生活風景を資本主義諸国へ宣伝戦を挑んだという話も聞かない。これらいくつかの話を総合しても、ブレジンスキーの意図する「反平等主義」の宣伝としてこれがどのように役だったのかは疑問に思われる。そこで、問題は社会学者たちの役割が焦点となる。彼らがどちらの体制にとってもエリート階層であること、また専門家階層であることが重要であるだろう。
 彼らが社会学者の大会で何を課題として取り上げ、どのような社会的要素を分析し、どのような議論の帰結を導くかは、それぞれの国の体制如何を問わず、政治的経済的なイデオロギーとして大きく作用するということを米国は認識していたのである。そのように考えれば、宣伝媒体としてのメディアや対外債務でさえ、資本主義の商品としての武器となっていると言える。ユーゴスラビアの内戦に至る過程で、自主管理経済が崩壊する原因のひとつがEUからの対外債務であったことは教訓に値する。
 消費社会化という現象は、資本主義経済が発展する方向から必然的に生まれてくる現象ではある。米国がベルリンを西側のショーウインドウとして大量の資金を投入したことは有名である。資本主義がおぞましい貧富の格差を生み出すことなどは、この際どうでもいいのである。最も身綺麗で豊かそうである生活世界のイメージが重要で、その上「自由そうである」が付け加われば言うことはない訳である。そのような生活を生み出すのが資本主義であって社会主義ではない、ということが直感的に感じ取れれば良いわけである。最先端の資本主義的生活こそが、社会主義への攻撃兵器であることを彼らは認識していたと言える。そして、だからこそ、中国共産党が「先富論」に舵を切ったのは、自らがその攻撃に耐えることができないと認識したからである。今や、赤い資本主義と呼ばれる中国はこの先進資本主義からの攻撃から自らを防衛するために、自ら自身が資本主義となることを決断した訳である。

4.消費社会と社会主義の実験

 一般に社会主義経済の敗北という場合、計画経済の崩壊と同義であるが、岩田氏の規定によれば、フランス革命の三つのスローガンである自由、平等、博愛の中の平等を基本とする経済が計画経済(ソビエトロシア型)であるということになる。そこでは、消費社会化ではなく、社会の基礎的な施設設備の充実が図られたと言われる。重化学工業化においてはソビエトロシアは米国と引けを取らないぐらいの生産を実現したとも言われている。ただ、それはどちらの国も広大な国土と資源を持っていたという条件があったからという限定が付いている。だから、ここでは理念から議論をするのではなく、消費社会という観点から考えてみたい。すなわち、米国型資本主義が大量の消費財を生産することで自らの豊かさを誇示したと考えれば、計画経済は大衆消費財を十分には供給できなかったという側面が浮かび上がる。
 ただ、ここで大塚のいう「消費社会化」という現実が単に大量の商品だけではなく、商品の多品種化や「差異化」といったことを持ち出すだろうことは予想が付く。平川も日本経済のサービス化ということを強調している。では、こういった差異化といった言葉が何を表しているのかが問われる。吉本がブランド衣料を褒め称えたのは、確かに安価な大衆消費財が流通することは悪いことではない、という意味であるが、この商品生産が計画経済ではかなり困難な仕事であるということも事実である。労働者全員がコムデギャルソンを着たのでは差異ではなくなる。では、どれだけ消費されるかが分からない商品を作るということは、市場抜きには無理があるのか。究極の計画経済とはオーダーメイドであるが、すべての生産が注文生産でかつ資源の効率的配分が可能である社会とは、未だ我々は理念としても考えることができない。
 そこで、消費社会化とは何かと再度問い直さねばならない。そのヒントとなるのがユーゴスラビアの自主管理経済の教訓である。岩田氏によれば、70年代中期にユーゴスラビアでは徹底的な労働者主権が確立している。その姿は著書『凡人たちの社会主義』に詳しく描かれている。そこで展開されている現実の労働現場の姿は、十分我々にも想像可能でかつ相当な困難が伴う試みであったと思われる。先進資本主義国内部にも同じような試みが、協同組合経済として行われているが、これも様々な困難が伴う事業である。更に、先にも指摘したブルジョアジーからの多種に亘る物質的、イデオロギー的攻撃に曝されながら行わなければならない。しかし、この自主管理という試みは単に生産現場のみならず、消費という観点からも蓄積された教訓が既にあることを我々は知っている。生産という面での教訓はユーゴの実践が有意義である。この実践は南欧経済に共通する傾向を持っているようだが、小規模な経済企業の水平型の繋がりを重視する経済である。資本主義的に成功しつつあるのは、イタリア北部の企業群の実践である。ユーゴでの敗北は経済的な敗北と言うよりも政治的敗北であると見る方が真実に近い。また、消費という面での教訓では日本での生活協同組合の実践が意味を持つ。「産直」や「共同購入」といった試みは古くから行われていたし、最近では「ワーカーズコレクティブ」といった実践も定着しつつある。また、サービス部門で「社会的企業」の試みも生まれつつある。
 これらは、資本主義生産社会の内部に生まれつつある共産主義的試みであると言える。20世紀の社会主義実験の敗北とは何かと言えば、労働者階級の協同性の発展が常にブルジョアジーに包囲された中で闘っているという現状からくる政治的な守勢局面と生産消費の協同管理の未成熟である。この協同性は、単に国家の壁や社会の壁で遮断できるものではないということなのである。むしろ、遮断しようとすることが戦略的な敗北に繋がったと見るべきである。
 消費社会化との闘争にこれまでも幾度も敗北するであろう。連合赤軍の実践が大塚の言うようにその敗北の一つであるというのであれば、一面多くの教訓を残したと言える。その当否はひとまず置くとしても、これからの協同性を構築する闘いが社会的で文化的な問題を孕んでいることだけは確かであり、これとの格闘なくして共産主義的試みがブラックホールとなって資本主義経済を飲み込むことはできない。


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