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包摂と分断〜インクルーシブ教育について

坂本 巧巳
345号(2010年5月)所収


1.はじめに〜「インクルーシブ教育」とは

 近年、障害児教育のあり方を巡る議論の中で「インクルーシブ教育」もしくは「インクルージョン教育」の語が目につくようになった。
 障害児教育について日本政府・文部省/文科省は就学指導−教育委員会による子供たちの篩い分け−による分離教育を基本政策とし、障害を持つ子供たちは地域社会から引き離され、多くは山奥など人里離れた場所に建設された養護学校へ通学バスで移送されてきた。殊に1979年養護学校義務化以降は、養護学校の存在が障害児の普通校からの排除の口実となり、その流れは固定化している。
 青い芝の会などの障害者解放運動、障害児とその親等による普通校への就学闘争などが統合教育を求め80年代より取り組まれてきたが、文部省と、各地教育委員会は常に厚い壁となってきた。
 かたや養護学校教員、施設職員、医師・学者などを主体とする全障研(全国障害者問題研究会)は、「発達保障論」(すべての障害児はレベルに応じて発達可能であり、それを保障するための特殊教育が必要だ、との理論)を盾に養護学校・分離教育を正当化して、前述した当事者たちの解放運動とは鋭く対立してきた。
 しかしここへきて「インクルーシブ」理論は、こうした「分離か統合か」という対立図式にパラダイムシフトをもたらしているかに見える。
 「インクルーシブ教育」もしくは「インクルージョン教育」とは、1994年のサラマンカ宣言において謳われた、「万人のための教育政策」であり、ことに障害を持つ子供たちを、そのニーズに見合った教育内容をもって普通学校に包摂することを目指すものである。

 「特別な教育的ニーズ」というのがここでのキーワードとなっている。
 つまり分離教育に対する単純な統合(インテグレーション)ではなく、場所的には極力統合しつつ、特別な教育的ニーズ(これは障害児に対するものだけではなく、文化的・民族的マイノリティ、経済的なハンディキャップ等も含む)に対して、個別に必要な教育を施すことで、普通学校への包摂・包容(インクルージョン)を行うものだ、とされている。
 この内容は2006年、国連総会において採択された「障害者権利条約」に引き継がれ、各国政府に求められることになった。

第二十四条 教育 2
(a) 障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと及び障害のある児童が障害を理由として無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
(b) 障害者が、他の者と平等に、自己の生活する地域社会において、包容され(inclusive)、質が高く、かつ、無償の初等教育の機会及び中等教育の機会を与えられること。
(外務省HP「障害者の権利に関する条約」)

 日本政府は2010年5月現在、この条約の批准には至っていない。
 自公政権において強行採決された「障害者自立支援法」が、障害者が生きるために必要な支援に対して応「益」負担を求めたように、(民主党政権下で見直しが約束されているとはいえ)直近に成立した福祉法が障害者の生存を恩恵的にしか捉えていない、という有様だ。
また昨年4月にも、奈良県下市町教委が脳性マヒの女児の普通中学校への入学を拒否する事件があった(後、奈良地裁が両親の申し立てを認め、仮就学が認められた)。「施設の未整備」を理由としていたが、技術的に解決可能な課題すらもネグレクトされている。条約批准の暁には国内法の整備が求められるところになるが、日本の政府、社会は求められる水準からかなり遠いところにいることは間違いない。

2.文科省の政策転換

 ただし文科省は2007年度より、「特殊教育」に替わる「特別支援教育制度」を打ち出し、ポーズとしては障害児教育政策を大きく転換しようとしているかに見える。

文科省HPには下記のようにある。

学校教育法等が改正され、従来の盲・聾・養護学校の制度は複数の障害種別を受け入れることができる特別支援学校の制度に転換され、また小中学校等においても特別支援教育を推進することが法律上明確に規定されました。さらに、これに伴う関係法令の整備の中で、障害のある児童の就学先を決定する際には保護者の意見も聴くことが法令上義務付けられました」※

※保護者の意見は、あくまでも「聴く」ことが義務付けられているだけで、就学先決定は市町村教育委員会の裁量によっていることは変わりない。障害児が普通校を希望した場合でも、かなえられるか否かは地域によって大きく異なる様である。

 特別支援教育は、サラマンカ宣言に謳われた「Special Needs Education」に対応する概念であるようだが、すなわち=インクルーシブ教育ではない。かつてからの分離教育政策との整合性については注意深く言及されている。

・障害者の権利に関する条約において、教育については、第24条、インクルーシブ・エデュケーション・システム(包容する教育制度)の解釈が課題となる。
本条約はインクルーシブ・エデュケーション・システムについて定義規定は示していないが、条文上、障害者が、精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させることを目的として、障害のある子どもとない子どもとが可能な限り同じ場で教育を受けられるようにすることを求めているものと考えられている。また、条約の制定過程等を踏まえれば、特別支援学校の存在は認められているものである。
・本条約が求めるインクルーシブ・エデュケーション・システムは、単なる場の統合ではなく、子ども達を最大限度まで発達させる教育の質を求めており、そのような教育が行われることを前提として、可能な限り同じ場で教育を受けられるようにすることを求めているものと考えられる。
(「特別支援教育の更なる充実に向けて〜早期からの教育支援の在り方について〜」
特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議:審議の中間とりまとめ 2009年2月)

 かなり拡大解釈のようにも思えるが、こうした言い訳が必要になっていること自体、ノーマライゼーションの趨勢が今や国際的権威となり、文科省とてもはや抵抗できなくなってきていることを示している。
 もっとも文科省は国の生産力に寄与しない障害児教育に金を使いたくないため、特別学校の増設を望んでいないだけで、障害児の社会への包容になど関心がないのかもしれない(だから全障研はこれを批判し、特別支援学校にもっと金を使え、と主張している)。
 もう一方の分離教育推進の牙城であった全障研もまた、90年代まで統合教育の動きに対して懐疑的・否定的であったトーンを弱め、この国際的トレンドの中に自らの居場所を確保すべく、「インクルージョン」へのとりあえずの支持を表明している(「障害のある子どもの教育改革提言−インクルーシブな学校づくり・地域づくりー 2010年3月3日 全国障害者問題研究会常任全国委員会」)。
ただこの声明の中でも
「喫緊の課題として、特別支援学級・学校の過密状況を解消し、教育条件を整備する」
「特別支援学校の小規模化と地域分散化を進め、安易な併置・総合化を行わず、障害種別の専門性、とりわけ盲学校と聾学校の独自性を確保する」※
「寄宿舎教育の安易な統廃合は行わず、教育入舎や短期入舎などの教育的・福祉的機能をさらに充実させる。」
など、分離を是としてきた自らの主張を言葉を変え、潜り込ませることを忘れてはいない。

※盲・聾学校等において、当事者たちが独自文化として守ろうとしているものを、筆者は否定しない。障害者同士が、自律的、自決的に形作る集団・社会に健常者が割って入る権利はない。ただ「専門家」の権威と教育・療育の名の下、生活上の根拠もなく子供たちを分け隔てることに強く反対しているものだ。

 先の中間報告といい、これらは言葉遊びのようなもので、「インクルージョン」と「特別なニーズ」どちらに力点を置くか、という調節によって、いくらでも自らの立場を正当化できるのである。ともあれインクルージョンという理念は、分離、統合両派が支持しうるものとなっているように見える。
 では障害児教育に関するこの対立する考え方は弁証法的に止揚されたのだろうか?

3.進む分断〜特殊教育のカジュアル化

 文科省も、養護学校教員も、「インクルージョンがよい」と言っている。ならば障害児の普通校への統合、包容は少しは進んでいるのかといえばそうではなく、日本社会全体の少子化傾向にも関わらず、むしろ特別支援学校の生徒数は近年急増し、教室数、教員数はかつてなく逼迫していると伝えられている。
文科省HP 他、各地域教委のプレス発表あり)

その背景は様々に解釈されている。

・・・など。いずれにせよ、統合・包容に逆行する事態が進んでいるのは間違いない。
 文科省が新たに打ち出した「特別支援教育」のひとつの目玉は、上の3つ目に「新しい『障害』」と記した諸障害への対応を政策化したことだ。

LD(学習障害)とは、知的発達の遅れは見られないが、特定の能力に著しい困難を示すものです。 また、ADHD(注意欠陥多動性障害)とは、発達段階に不釣り合いな注意力や衝動性、多動性を特徴とする行動の障害です。 両者ともに脳などの中枢神経系に何らかの機能障害があると推定され、発達障害に分類されます。 (文科省HP

 いずれもかつてであれば「ちょっと変わった子(人)」といった程度の扱いであったものだ。脳科学、発達科学の発展により、知的障害がないにも関わらず社会的適合が困難である人々の諸傾向が、障害として認知されたのだ。「発達障害者支援法」が2005年施行され、これら「障害児」の「早期発見・早期療育」が目指されるようになる。だがいざ、そのような目で周囲の子供たちを見回したところ、「○○障害」「○○障害疑い」が群れをなして現れてしまった。むしろ今日「特別支援教育」といえばこれら発達障害への対応の代名詞のようになってさえいる。
 逆説的には、誰もが障害者になり得る、ノーマライズされた状況とも言えよう。だがこのことは障害や個性を認め会い、共に生きることには繋がらず、魔女狩り的「障害」探しが行われ、より重度な障害児に至っては完全に埒外に放り出されてしまうことにしかなっていない。
 親たちは、「障害」のレッテルに戸惑い、我が子が障害者にならないように、なってしまってもなるべく障害を軽くするように願い、新たな処方箋−特別支援教育−にすがることとなる。
 かくて、「特別なニーズ」は格段に広がることになった。つまるところ特別支援教育とはカジュアル化した特殊教育、という以上の意味を持っていないのではないか。

4.現代社会が求める「脳」の質

 今まではあまり問題化されて来なかった様々な「障害」の発見は、一般的な科学、医学の発展以外に、特に先進国における労働の在り方の変化にもよるだろう。サービス業、中でも「感情労働」と呼ばれる対人適応能力を強く求められる領域の拡大。労働は多様化する一方、同調圧力を強めている。ちょっと協調性に欠ける者は即、「使えない奴」となり、生活手段を失う。今日、これは当たり前の光景になってしまった。労働のあり方が求める人間像は、その反対側に求められない人間としての障害者像を常に投影し続ける。
 約20年前、重度脳性マヒ者がフロントマンを務めたパンクバンド「つめ隊」※は、多くが健常者である聴衆に向かって「障害者はお前だ!」と喝破したが、いま「負け組」になるまいとして腐心している我々は狭い檻の中で「世間の迷惑になるな」できないことを「やれるようにがんばれ」と追い立てられ、追い詰められてきた障害者たちと同じである。

※障害者プロレス団体・ドッグレッグスから派生した活動である。ボーカルは障害者レスラーでもあったマグナム浪貝氏。

 「コーチング」「脳トレ」といった類の自己啓発本が売れ、「ゆとり教育」(ゆとり教育自体は、「少数のエリートと多数の底辺労働者」を生み出すための新自由主義的政策であった)への反動として生じた、競争主義的、学力向上主義的な教育が推奨される中で、なかばマニアックな訓練〜それも、「脳を鍛える」訓練〜ブームが発生している。細かな訓練の積み上げにより「脳を鍛え」、人間を何かより高いレベルへ引き上げられるのではないかという幻想である(これらが、背後に「低いレベル」の状態として、諸々の「障害」を暗黙のうちに設定している)。
 幼児教育におけるちょっとした英才教育、例えば早期からの英語教育であるとか、「カードフラッシュ」といわれる、1〜2歳の、文字言語を獲得する以前の子供たちに対して単語などを書いたカードで、瞬間的に見せて速く読みとることをひたすら繰り返す訓練法などが流行している。
 同様に、障害児への療育においても、最たるものは「ドーマン法」と言う、数人の大人が障害児の手足首を毎日何時間も強制的に動かして、体の動きを脳に学習させるなどといった、もはや疑似科学としか言えない訓練法が、一部の親たちを虜にしていたりする。 (参考リンク:「ドーマン法を考える」
 「脳ブーム」は一過性のものであるかもしれないが、そこに垣間見えるのは高度に「脳化」された社会だ。合理的に、決然と判断・行動すること(合理性の根拠は経済的利害である)が模範とされ、非合理・蒙昧は落伍し、生きる権利も尊厳も失う、そんな強迫観念に駆られた世相がうかがわれる。
 科学技術の発達により、かつてはSFの世界でしかなかったブレイン・マシンインターフェース(脳波を読み取り、機器を思考で制御できる装置)も実験段階では完成しつつある昨今、身体的障害は技術的解決が可能であるかのようにさえ思われる。発達障害も、脳機能の解明の中で理解可能な、器質的問題としてプラグマティックに捉えられつつある。これらのことは、障害を人格的汚点−「血筋の悪さ」「本人の弱さ」「躾の悪さ」等々−であることから解放することになっており、ある意味で近代資本制の開明的側面といえるかも知れない。
 だがその一方で、近代社会が求める合理的に判断する脳、これを育成することが教育の目的とされている今日、非合理的脳・・・端的には重度知的障害者は、教育の対象とはならない。救いようのある発達障害児は社会に包摂し、労働力商品として使い物になるようにしよう・・・というのが特別支援教育であるとしたら、それは分断を乗り越えるものにはならない。一方どうあがいても労働力になりえない人間はどこまでいってもよくてお客様、悪ければお荷物としてしか社会に包摂されることはない。

5.教育/訓練の牢獄を潜り抜け、共生の文化へ

 「ドーマン法」まで行かずとも、よかれと思い障害児を訓練の牢獄に閉じ込めてしまっているケースは少なくないだろう。多くの養護学校、療育センターでは「専門的教育」の名の下、子供同士は分断され、教師・指導員といった大人とのマンツーマン指導に明け暮れる毎日だ。
 全障研が標榜する発達保障論もまた、善意にとれば全ての子供は教育可能であるという考え方だが、現実には人々に刷り込まれた優生思想、能力主義と対決する事なく、むしろそこに付け込み、助長する形で、専門家支配を強めてきた。
 入所施設で一生を送るのでなければ最終的に健常者が多数を占める社会で、健常者の支えを得て生きることになり、そのためには、健常者と関わること、健常者に「関わらせること」を学ばなければならない。また周囲の健常者も障害者に関わることを学ばなければならない。
 分離教育の中でそれは不可能であるし、場所的に統合されても、「特別支援教育」の名の下「マンツーマン」や校舎の壁で隔てられてしまえば、そうした機会は損なわれてしまう。とってつけたような「交流lで培われるものではないだろう。
 分離教育の推進者たちも下記のように、統合教育(保育)の効用を認める。

 私もまた、『適切な指導さえあれば』という条件付きですが、障害児の統合保育は、障害児の発達をうながすだけではなく、健常児の人間性のゆたかな発達を実現していくうえでも貴重な貢献をするだろうと考えています。」 (茂木俊彦『統合保育で障害児は育つか』大月書店1997年)

 だが、やはり障害児・健常児の個々の発達としてしか捉えられていないのが限界である。必要なのは障害児と健常児が共に育つ/生きる「文化」なのだ。「文化」は個人の中に資質として宿るものではなく、関係性の問題なのだ。
 「早期発見」「早期療育」による取り出し教育は、共生の文化を所与のものとして体得し形作る可能性に満ちた貴重な幼少期を、無機的に分断してしまうことにしかならない。

我々(火花派)は、綱領「IX. 「障害者」解放に関する分野」において下記を掲げている

 3.当初から「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」ことを原則とする。

 労働することと、生存する権利とは分離する。「働かざるものも当たり前のように食う」のだ。近年注目されている「ベーシックインカム」を巡る議論の中でも紹介されているように、労働による報酬と、生活のための給付を分離する考え方は、資本主義黎明期より現実味のある政策として捉えられてきた。
 賃労働に規定された人間観を転換し、労働力育成としての教育の狭さを乗り越えよう。個々ばらばらの人間同士が共に生きる関係性、文化を身近なところからでも創出しよう。


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