共産主義者同盟(火花)

新しい時代の新たな闘いに向けて

流 広志
326号(2008年10月)所収


世界は、金融恐慌に突入した

 現在、驚くべき規模とスピードで世界を襲っている金融恐慌に対して、新自由主義政策はなし崩しに捨て去られ、欧米諸国などでは金融機関の公的救済策が取られている。新自由主義の旗頭であった米帝ブッシュ政権は、金融安定化法を成立させ、約75兆円の公的資金を金融機関に注入を開始した。29年恐慌以来といわれる金融大恐慌に対して、帝国主義諸国では、なりふりかまわぬ国家介入が行われているのである。
 今や、国家は、治安と外交に特化して、経済に介入すべきではないとして、自由放任的な政策を推進してきた新自由主義政治は、投げ捨てられた。このことは、ブルジョア国家の階級性を証明するものであり、国家の中立性なる考えの誤りをはっきりと示すものである。ブルジョア国家の支配階級であるブルジョアジーは、資本主義経済を救い、この体制を守るためには、国家を使い、国家の租税を惜しみなく注ぎ込み、その費用を躊躇することなく労働者大衆に課すのである。
 この間、私企業性を強調して、市場価格の自動的転嫁を繰り返し、この間の原油価格の高騰に対応して、電力料金を引き上げ、来年の春には大幅な電力料金の引き上げを予定して電力会社が、このところの世界金融危機や原油価格の下落を受けて、今度は電力事業の公共性を強調して、値上げ幅を圧縮すると発表し、資本主義的企業の私的性格に基づく公共性という性格を自己暴露した。電力企業は私的企業か公的企業かを情勢によって使い分けているのである。
 今、米帝で行われている大統領選挙戦で、共和党マケインと民主党オバマの両大統領候補は、そのことをごまかして、選挙用のリップサービス合戦を行っている。ブッシュ大統領は、大統領選挙の際には、「思いやりの保守主義」を標榜したが、大統領に当選するや金持ちに対する「思いやり」を示し、中下層には「冷たい」政策を示した。その実態は、ハリケーン・カトリーナに襲われたフロリダなどの黒人などの下層避難民の零落した姿が世界に報道されることで露わになった。大統領就任まもなく起きた9・11事件後のイラク侵略戦争においては、下層移民にアメリカ市民権を与える約束で戦争に動員するなど、下層兵士をイラク戦争の危険な最前線に向かわせ、イラク・アラブ民衆と殺し合わせた。かくして、米帝は、下層大衆・被差別者・プロレタリアートの搾取・収奪の上に、そしてその零落・悲惨・犠牲の上に、一握りの上層・ブルジョアジーが繁栄する階級社会であることが、ますます明瞭に暴露されたのである。
 そのことは、サブプライム ・ローン問題でも露骨に示された。下層大衆の住宅は、金融資本にとっては、たんなるリスク・ヘッジの道具にすぎなかったが、それは、ブッシュ政権が、住宅ローンに事実上の政府保証を与えたからであった。その破綻によって、下層大衆は家を失い、そして、大手証券会社などの金融資本が次々と破綻に追い込まれ、株式・債権・商品などの市場での値下がりが続いている。
 このような世界経済の連動性の強まりは、世界各国政府の政策協調を促している。G7財政担当大臣・中央銀行総裁会議は、公的資金投入による金融機関救済策を取ることで一致した。イギリスでは預金の全額保護、アメリカでは金融安定化法と帝国主義政府は次々と税金を投入して、金融資本の救済に動いている。

 福田総理の急な辞任にともなって誕生した麻生新総理は、各種世論調査で、総選挙での民主党への惨敗が指摘されている逆境を跳ね返すチャンスとばかり、緊急経済対策を盛り込んだ補正予算を通し、さらに減税などの追加景気対策を政権浮揚のアピール材料にするつもりで、解散先延ばし策を行っている。景気最優先を掲げ、政局安定を訴えるというのは、与党がこれまで繰り返してきた政権維持のための口実の一つにすぎないが、それに対する野党第一党の民主党は、緊急経済対策予算に賛成することで、それに協力した。これは、民主党小沢の「敵に塩を送る」という故事にならった作戦なのか、世論の見誤りなのか、どちらにしても、これで、なんらかのハプニングがない限り、総選挙の日程がいくらか先に延びるだろう。
 いずれにしても、世界金融恐慌に突入し、帝国主義国家が、腐敗し、劣化し、がたついているのは明らかである。

反グローバル運動の世界的なうねり

 10月19日、東京の明治公園で開かれた「世直しイッキ!大集会」は、約2000名を集めた。フリーター・非正規労働・ワーキングプアの若者が多く参加したこの集会は、「生きさせろ!」の叫びに包まれた。うす曇の空の下、参加者たちは、いくつかの分科会に分かれて活発な討論を繰り広げた。その中でも、労働分科会は、多くの参加者を集めたが、会場からは、派遣労働者たちが、明日が見えない状態への不安の声を次々と訴えた。一部しか見ることはできなかったが、新運転労組からは、労組に認められている労働者供給事業が、企業と労組による労働者の強搾取の要因になっているとして、こうした事業そのものの廃止が必要だという訴えがなされた。また、山梨県からきた看護労働者は、突然、雇い止めを通告されたことを不当と訴えた。分科会のまとめをした労働弁護団の弁護士は、ワーキングプア化・非正規労働化の問題での政治と企業の責任を指摘して、それを追及する大衆運動を作ることを決意表明した。その他、「食」の分科会やアムネスティの分科会などでも活発な討論が繰り広げられた。
 この分科会の最後に会場から気になる発言があった。この発言者は、窮乏化論を批判し、自ら事業を作る創造力を発揮する必要があると述べた。これは、おそらく、日本共産党批判なのだが、この人は、自らの言う創造的事業について具体的なことを言わなかった。こういう言い方は、セクト主義的という印象を持った。発言者は、おそらく、日共のセクト主義にセクト主義で対抗しようとしたのである。しかし、かれの目の前にいたワーキングプアの若者たちは、現実に窮乏しているのであり、その現実からの解放を求めている。それに対して、創造的な事業一般を対置するのは、かれらの窮乏を生み出している資本主義の現実を肯定し、その枠内で、かれらに自助努力しろと言っているとしか思えないのである。
 第2に、このような発言は、政治闘争に対して経済事業の創出という経済闘争を対置することで、人を無気力にさせるものである。そうした経済事業は、彼の発言どおり、頭の中にしかなく、想像できるものでしかないからである。つまり、かれらを救う夢の事業は、文字通りその多くは夢の中にしかないものであり、そのような救済のイメージによっては空想的な慰が与えられるにすぎないのであり、それは宗教の提供する天国での幸福な生活のビジョンによる慰めとたいしてかわりがない。この問題の現実的な解決、救済は、政治的変革を伴うものでなければ、現実味がない。
 この点について、マルクスは、バクーニン派を排除した国際労働者協会(第1インター)のハーグ大会について述べた演説で次のように述べた。「大会は、労働者階級が、崩壊しつつある旧社会と、社会的な部面においてだけでなく、政治的な部面においてもたたかう必要があることを宣言した。・・・われわれのあいだに、労働者に政治問題への不参加を勧める1グループが生まれていた。/われわれは、こういう原理をわれわれの事業にとってどんなに危険で有害なものと考えるかを、ぜひとも言いたかったのである。/労働者は、新しい労働の組織をうちたてるために、やがては政治権力をにぎらなければならない。労働者は、古い制度を支えている古い政治をくつがえさなければならない。そうしなければ、そうすることを怠り軽んじた古代のキリスト教徒と同じように、この世で自分たちの王国を見ることはけっしてないであろう」(「ハーグ大会についての演説」1972年9月15日付、第37号 『マルクス=エンゲルス全集18』大月書店157〜8頁)。
 もちろん、この人物の短い発言から、政治闘争の否定ということまで引き出すのは、おそらくやりすぎだろし、かれが、現状を変えようという善意からこういう発言をしたのだろう。しかし、そこからはこうしたことが容易に推測されるのである。
 反貧困を掲げる若者たちのサウンド・デモは、全労連系・ノンセクト系の明確な区別なく、入り混じっていた。非正規・ワーキングプアの若者たちは、その境遇・文化等々の共通性によって結びついているのである。渋谷の繁華街は、これらの若者たちのリズムに乗せた力強い闘いの声に包まれ、沿道と道路を一体化した解放のスペースになった。ストリートは、怒りとともに新時代の創造の可能性を切り開く場へと変容した。この場は、「持たざる者」=プロレタリアートの未来を創造するエネルギーを感じさせた。
 会場には、日共の志井委員長が訪れ、全体に全労連系の労組の姿も目立ち、全体に日共が強く関与していることをうかがわせた。日共のスターリニズム的セクト主義的体質からして、このような関係が長く続く可能性は低いだろう。日共は、今のところは、この枠組みの中で、セクト主義的排他主義的対応をとっていないが、闘争・運動が日共のセクト主義的限界を超えると運動の敵対者・破壊者・妨害者になることは、1982年12月17日に『赤旗』「権力弾圧にたいする態度」の発表をきっかけに、それまで共に労働運動を闘ってきた全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部に対する破壊・妨害・敵対を行ったことからも明らかである。それは、戦後革命期における2・1ストをさせたことや産別会議系労組が主に取り組んだ生産管理闘争を見捨てたこと、など他の多くの例からも明らかである。われわれは、若者の労働運動が、日共のセクト主義的限界を突破するまでに運動を発展させるであろうと考えるし、そのように運動の発展を促進すべきである。
 なお、宗派主義の問題については、エンゲルスが、第1インターのハーグ大会について書いた『インタナショナルの分裂』で以下のように述べている。

 「ブルジョアジーにたいするプロレタリアートの闘争の第一段階の特徴は、宗派的運動である。プロレタリアートがまだ階級として行動するほど十分に発展していない時期には、宗派的運動にもそれなりの存在理由がある。個々の思想家が社会的対立を批判して、それの空想的な解決策を提出するが、労働者大衆としては、これをうけいれ、ひろめ、実行にうつすほかやることがない。こうした宗祖によってつくられた宗派は、その本性そのものからして政治不参加主義で、あらゆる現実の活動、政治、ストライキ、団結、一言でいえば、あらゆる集団的運動と無縁である。プロレタリアートの大衆は、彼らの宣伝につねに無関心であるか、敵意をさえいだいている。パリやリヨンの労働者がサン−シモン派、フーリエ派、イカリア派をうけつけなかったように、イギリスのチャーチストや労働組合員はオーエン派をうけつけなかった。これらの宗派は、はじめは運動のてこだったのだが、運動が宗派をのりこえるやいなや、運動の障害になる。そうなると、宗派は反動的になる。その証拠は、フランスやイギリスのいろいろな宗派、最近ではドイツのラサール派である。ラサール派は長年プロレタリアートの組織化を妨げたのち、ついには警察のたんなる道具になってしまった。要するに、占星術や錬金術が科学の幼年時代であるように、宗派はプロレタリア運動の幼年時代なのである。インタナショナルの創立が可能となるためには、プロレタリアートがこの段階をのりこえなければならなかった。
 宗派が空想的で〔労働者に〕敵対的な組織であるのにたいして、インタナショナルは、資本家、地主および国家に組織された彼らの階級権力にたいする共同の闘争で相互に結ばれた、万国のプロレタリア階級の現実の戦闘組織である。だからこそインタナショナルの規約は、すべて同一の目的をめざし、すべて同一の綱領をうけいれるたんなる「労働者」諸団体について述べているだけなのである。その綱領は、プロレタリア運動の大筋を描くだけにとどめ、その理論的な仕上げは、実際の闘争の必要から生まれる刺激と、各支部内でおこなわれる思想の交換にまかせ、そのさい、あらゆる社会主義的信念の持ち主をわけへだてなく、その機関紙や大会に参加させるのである」(『マルクス=エンゲルス全集18』大月書店28〜9頁)。

 現在の反グローバル運動などのプロレタリア大衆の国際的運動においては、さまざまな宗派が存在しており、その危険性に十分に注意しておかなければならない。その点について、1994年の第3回大会で採択した『戦術・組織総括』は、「われわれは、大衆運動に「統一」や「組織」をおしつけるのではなく、また、統一戦線のような民主主義の<場>(換言すれば、多数決原理に基づく国家の<場>)に引き込むのでなく、「個々の運動体がそれぞれ自己の固有性をつきつめ、それと向き合い、分散化・セクト主義を克服する方途を探る作業」(『火花』119号)に加わり、援助するようにしていかなければならない。分権主義とのたたかいを、個々の運動体が自然発生的な狭い普遍性を脱し、その現実的判断力をいかに高めていくか、という見地から進めなければならない。そして「共産主義者は、こうした運動体の中で活動し、現実的な判断力を磨かなければならない」(同上)のだ」と述べた。そのことは、「資本主義(商品生産)の廃絶」や「国家(民主主義)の死滅」というわれわれの中心的主張を、プロレタリア行動委等の宣伝・扇動では「新たな社会的結合の創出」として表してきたこともそのことと結びついている」と述べたことにも示されている。そしてこのことは、民主主義を利用して民主主義を超えることを意味しているのであって、民主主義の場への参加を否定したものではないのである。そのことは以下の部分に明らかである。

 「8.そこにおいて、あらゆる機会をとらえて「国家権力の構造」を暴露するとともに、様々な領域(自らの運動と組織のあり方をも含む)で生じている「参加民主主義」「自己決定」の要求を革命的に支持していくこと、さらに、計画・管理・自治能力の形成を社会総体の領域へ広げていくことだ。運動の中でともに経験を積み、学び、判断能力を高め、この力を基礎にして国家統治への直接参加の要求を組織しなければならない。
 国民国家の矛盾を鋭く衝き、「自立」や「参加」の要求を全面に掲げはじめている在日朝鮮人(外国人)運動、「国家対国家・政府対政府」の「国際交流」を越えて、市民の手によるプロジェクトを推進する、という国際NGO活動、憲法そのものの意味の問い直しや軍隊のない国家(世界)を求める運動、これらに注目していくことが必要だ。さらに、われわれの向かうべき領域を、教育、医療、消費・・・地域、労働、芸術・表現活動の場、様々な社会組織・・・ボランティア・・・等へと拡大していかなければならない。こうした観点からわれわれ自身の条件を検討し、あるいは、新たにつくりだすことだ。
 政治闘争(共同行動)について一言しておく。現在展開されている個別的、政治過程的な闘争への動員等は、それぞれに、これまで述べてきたような活動との関係で具体的に設定されるものであり、また、はたらきかけ全体のひとつの「結果」である。闘争への「決起」に特別な意味を与えること、あるいは、共同行動を無理に計画しようとすることは有効性を持たない。
 現在、海外派兵、改憲、小選挙区制導入等に反対する闘争が組織されている。むろん、われわれはその闘争の場においても独自の政治暴露、宣伝・扇動を行う。政治行動の経験を組織する。しかし、護憲派−「第2社会党(総評)ブロック」の形成という発想に典型的な、とっくに破産を宣告された政治戦略や「陣形建設」に責任は負えない。現状では短期的な共同行動が必要に応じて次々できればよい。それらを狭くくくったり、特別な意味を与えて固定化したりしないことだ」。

 つまり、われわれは、国家死滅に向けた政治を実現できる力を育てることを基準にした政治闘争(共同闘争)の創出を主張したのである。もちろん、それは引き続き追求されなければならない。今、われわれが行わねばならないことは、具体的にそれをどう実現していくかということである。そのひとつとして、共同政治新聞を計画し、実現することを提起した。そのことは、世界恐慌的状況の到来や階級闘争の構造の変化ということがわれわれに提起していることでもある。

 反貧困の闘いは、国際的な反グローバル運動の一部としてある。それは、グローバル化が帝国主義諸国のすべてにおいて多かれ少なかれ推進されてきた資本主義の現在的ありようから、世界に共通して現れていることだからである。欧米諸国においては、雇用のグローバル化が、移民労働者の受け入れという形で行われたために、移民労働者問題として、直接に第三世界の貧困問題とストレートにつながっている。そのことは、米帝における移民労働者のメーデーのストライキや不法移民労働者の権利要求運動の高揚に示されたし、社会的労働運動の中心的担い手が移民労働者である点や、フランスでの前政権にたいする移民暴動として現れたことなどに示された。日本では、これは、政府が一部専門職以外の外国人労働者を締め出しているために、沖縄・アイヌ・在日を除けば、同一民族内での格差拡大として現れている。グローバル化は、中国においても深刻化する格差拡大として現れている。
 反グローバル運動の中には、この根本に資本主義の矛盾があると見抜いて、資本主義批判と結びつけてこれを闘う部分も生み出されている。もちろん、中には、改良主義的な部分も存在する。それについて『戦術・組織総括』は、「「オルタナティブ」を資本主義のもたらす諸結果に対する部分的批判にとどめ、運動を改良の体系に収束させるようなやり方を批判しなければならない。そうしたことをもって「指導」内容としている党派、グループと闘争しなければならない」と述べたが、その必要がこの運動の中にも存在する。われわれは、言うまでもなく、反グローバル運動中で、資本主義批判・帝国主義批判を遂行するし、その点で共感・共鳴できる部分との結合・共同行動を行うべきである。
 そして、それを共産主義革命と結びつけるに際しては、私的労働の共同労働への変革ということをポイントとして提起すべきである。それは新たな労働運動の創造ということを基本のひとつとしてすえることを意味する。すでに、反グローバル運動に結びつき参加している労働運動があり、また、社会運動と結びついている労働運動がある。例えば、関西生コン労組は、韓国やアメリカの労働運動(チームスターズなどの社会的労働運動)との国際連帯を実践しており、国際労働運動の一翼を担っている。さらに、洞爺湖サミット反対闘争に参加して、反グローバル運動にも加わっている。かれらは、賃上げや労働争議解決や産業政策ばかりではなく、労働の内容や質や形態の変革にも取り組んでいる。労働のあり方を変革するためには、産業のあり方も変革しなければならないのであり、だからこそ政治闘争が労働運動にとって必要なのである。ガテン系連帯という非正規労働運動にも取り組んでいる。このように、ここまで提起してきた運動は現に存在する。もちろん、それらが問題や限界を持っていることは言うまでもない。それらを無謬の神話的存在として祭り上げようというのではない。それらが直面している困難を共にかつ内在的に克服できるような形で問題を提起し、その解決を促進するということが、われわれの実現すべき指導のあり方である。そのことは、『戦術・組織総括』に示されている。

共同政治新聞の計画と党建設の任務について

 このような時代にあって、われわれは、新たな綱領・戦術・組織を持たなければならないと前号で述べた。そこで、私は、レーニンらによって1900年に創設された『イスクラ(火花)』編集委が、第2回大会開催のイニシアティブを発揮し、そのために努力し、働いたことを指摘した。
 ロシア社会民主労働党第2回大会では、ユダヤ人ブンドなどの一部グループの離反はあったが、ボリシェビキ派とメンシェビキ派の分派を生み出しつつも、大きな分裂は回避された。党の統一と団結のために、レーニンは、多数派であるにもかかわらず、少数派に大きな譲歩をおこなった。レーニンは、自らが育てた『イスクラ』編集委員を自ら降りた。そして、第3回大会の開催を要求するが、メンシェビキが妨害した。3回大会では、事実上、もはや党は分裂状態に陥るのだが、それでもレーニンは、党の再統一に向けた働きかけを行った。レーニンは、この過程を見ても、10回大会の組織過程を見ても、できる限り党の統一と団結を維持しようとし、そのために多数派であるが、少数派に妥協や譲歩をしたのである。
 この間、10回大会の分派禁止規定の例外性等々を指摘し、レーニンが少数派・分派の権利に配慮していたことを繰り返し強調してきたのは、分派禁止の「一枚岩党」というスターリニズム党組織論批判が必要であったからである。それは、もちろん、分派を奨励するものではない。

 ロシア社会民主労働党第2回大会開催のイニシアティブを発揮したのは、『イスクラ』編集委であった。第2回大会までに、「なにをなすべきか」という議論が起き、それに対して、レーニンは、当面するロシアのブルジョア民主主義革命において、プロレタリアートは、武装蜂起によって専制政府を倒し、ブルジョア政府(臨時革命政府)をうち立てることを認めつつ、自然発生的テロリズムをあおることではなく、政治新聞の配布網を広め、組織を建設することによって、それを準備するという「計画としての戦術」を提起した。
 第2回大会において、『イスクラ』は中央機関紙・党の機関となった。それから、政治新聞の計画は、『プラウダ(真理)』として実現された。レーニンは、『プラウダ』に多くの政治文書・論評を提供した。専制政府の治安弾圧を避けるためには、こうした論評も非合法活動としてなされるほかはなかったので、『プラウダ』は合法新聞であったが、党がバックアップしていたのである。日本でこれと似た試みは、戦前、佐野学を主筆として発行された『無産者新聞』である。もっとも、『無産者新聞』は、党の合法新聞・宣伝紙であったのであり、スターリニズムに基づいてできたものである。
 スターリニズム批判として、党の機関としての中央機関紙と労働者大衆の政治新聞との任務と内容の違いを明確に区別することが必要である。
 労働者政治新聞は、できる限り労働者自身の手で発行され運営されることが望ましい。もちろん、そこに党は関与するのであるが、それは党機関発行の中央機関紙に対するものとは違うのである。これらを区別しないのは、スターリニズム党・組織に共通する誤りである。

『プラウダ』は、「労働者と『プラウダ』というレーニンの論文によれば、「その決算がまず第一に、なによりもよくしめしたことは、労働者自身の努力のおかげでこそ、闘争における彼らの熱情、決意、頑強さの大きな高まりのおかげでこそ、4月−5月の運動ののちにこそはじめて、ペテルブルグの労働者新聞『プラウダ』を発刊することができた」(レーニン全集18巻314頁)。レーニンは、「この資料がわれわれに明らかにしているのは労働者の支持の一小部分であって、はるかに貴重で、はるかに困難な支持−精神的な支持、個人的参加による支持、新聞の方向にたいする支持、材料や論議や普及などによる支持は、この資料からは直接にはわからない」(同)と断った上で、労働者グループからの『プラウダ』への醸金件数のデータをあげている。それは、1912年1月14件、2月18件、3月76件、4月227件、5月135件、6月34件、7月26件、8月(19日まで)21件、合計551件であった。「総計551の労働者グループが醸金によって『プラウダ』を支持した」(同)のである。
 『プラウダ』には、この頃、労働者の生活記録欄が設けられていた。それについてレーニンは、「今後は、工場における乱用行為や、新しいプロレタリア層の目ざめや、労働者の事業のいろいろな部門にたいする醸金についての手紙のほかに、労働者の見解や気分、選挙カンパニア、労働者の選挙代表の選挙、労働者の読んでいる本、とくに彼らの関心をひく問題などについての報道が、労働者新聞に現れるであろう」(同315頁)と述べている。そして、つづけて、「労働者新聞は、労働者の演壇である。ここで、全ロシアのまえに一般に労働者の生活の問題、とくに労働者民主主義の問題をつぎつぎに提起していかなければならない。ペテルブルクの労働者は端緒をひらいた。ロシアのプロレタリアートが、沈滞期の困難な数年ののち、はじめての日刊労働者新聞をもつにいたったのは、彼らのエネルギーのおかげである。ロシア全国が労働者新聞をもつ労働者組織の網におおわれる春の到来を告げる最初の燕である首都の労働者新聞を一致して支持し、発展させて、彼らの事業を継続しようではないか。/われわれ労働者は、こういうロシアをこれからつくりださなければならない。そしてわれわれはそれをつくりだすであろう」(同315〜6頁)と、『プラウダ』の意義について書いている。共同政治新聞は、同じように、プロレタリアートのエネルギーに依拠して作られねばならない。
 1990年代、そのようなエネルギーは非常に弱まっていた。「沈滞期の困難な数年」は、10年以上も続いた。しかし今、プロレタリアートのエネルギーは高まりつつある。そして、こうした時代の転換、新たなプロレタリアートのエネルギーの増大に対応できない左翼勢力は混迷し分解しつつある。例えば、市民派に純化した社民党は今や国会内で極少数派になった。それに対して、いち早く、非正規労働運動・ワーキングプアを首都圏青年ユニオンなどに組織した日本共産党は、党員を大きく増やしている。

 第2に、政治新聞は、労働者大衆の政治的判断力を政治暴露・政治議論・政治経験の総括などを促進することで引き上げ、育てるものである必要がある。このような政治新聞にはそれができる書き手を必要とする。マルクス・エンゲルスは、理論家であり、『資本論』などの理論的著作があるが、同時に、『ライン新聞』『新ライン新聞』『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』などに政治評論を書いたジャーナリストでもあった。そしてまた同時に、共産主義者同盟、国際労働者協会(第1インターナショナル)の宣言や規約・決議などを書いた実践家でもあった。国際労働者協会は、世界各国の労働組合の組織化を促進した。また、かれらは、思想家としては、唯物論と弁証法を発展させた。もちろん、一般の労働者は、これらをすべてできるだけのマルチな能力を身につけることは困難である。しかしそれは教育によってある程度は身につけることができるし、あるいは任務分担によって、ひとつの力だけでも伸ばすことができる。それでも、職業革命家が必要であり、多くをまかなわねばならないことは自明である。そして、政治新聞ばかりではなく、階級闘争を発展させる党建設のために、物質的な基盤が必要である。定期的に新聞を発行するためには、資金が必要である。プロレタリアートに対して、この計画への精神的物質的な支援を求めたい。この計画の発展によって、幾多のプロレタリアートの解放のために闘う活動家を育て、階級闘争の武器をより多く備え、より強化することができるようになり、プロレタリアートの味方を増やすことができるようになるだろう。

われわれは、第3回大会で、当時の先進的な社会運動から学び、それとも結びついて、党建設、階級闘争の発展、新たな組織・新たな運動の形成、共産主義の新たな形態の創造、等々の事業に踏み出すことを確認した。しかし、われわれが着目してきた新しい社会運動は、今日、四分五裂し、困難に陥っている。その最たるものは、フェミニズムの分裂状態である。分散という当時われわれが指摘した階級闘争の構造の特徴は、今や新しい社会運動をも困難におとしいれている。そのことは、この間の新しい左翼・新しい共産主義党の発展のない中で運動が直面した困難に対して、繰り返しその試みが行われていることで明らかになっている。そのことは、9条改憲阻止闘争において、首都圏・関西などにおける共同行動への諸運動体の多数の結集に象徴的に示されていると考える。それは、この間発展している反貧困・非正規労働運動においての旧来の枠組みを超えた共同闘争の実現ということにも示されている。それに対して、旧来の左翼の統一戦線のように、排他的な態度を取る左翼は分裂し解体状況に陥っている。今日の共産主義運動は、大衆的共同行動において、新たな指導を実現されなければならないが、この場合の指導とは、党方針の押しつけということではない。必要なのは、ヘゲモニーである。それは、感性的活動というレベルでの指導、共感や感応ということを含んでいるのである。その点で、グラムシの言う知的道徳的ヘゲモニーが必要なのである。
 われわれは、80年代の宣伝・扇動活動の中で、「論戦と共同行動」というスローガンを掲げ、直接に共産主義を目指す運動の創出を目指した。そのことは、1994年の第3回大会では、新しい運動として実現されていると述べた。しかし、この間、新しい運動は、ワーキングプアの問題など人々の陥った困難を解決する主体として現実を規定する力をそれほど強く持つにいたってはいない。そして今、われわれが、かつて『戦術・組織総括』で書いた「日本の左翼政治・運動は、依然(反帝、反独占)統一戦線の枠内にある。それは、新しい情勢に対応しようとする独占・大ブルジョアジーと労働者上層の帝国主義政治の推進に、小ブル的保守主義を対置するもの」が復活しつつある。それに対して、帝国主義政治に小ブル的保守主義ではなく、プロレタリア的革命主義を対置することが必要である。
 そのことは、プロレタリアートを支配階級に高めるプロレタリア的政治闘争の構築として実現されねばならない。それは、あえて統一戦線という概念を使えば、政治的統一戦線(われわれの用語で言えば共同行動だが)を含みつつ、内在的にその限界を突破する働きかけの中で、追求する必要がある時代状況がきたことを意味している。人々のこうした場への参加が増大しているからである。われわれは、こうした場に立ち臨む必要があるし、そうした人々との共同行動を行わねばならない。われわれはこうした場に外在的であることはできない。そのことを『戦術・組織総括』は、「1.労働者大衆が始めている様々なレベルの・・・活動を革命的に支持すること・・・資本の運動そのものを廃絶するという意識性をもって民主主義を利用する、という点から運動の発展を援助していくこと。2.直接の政治活動だけでなく、様々な社会活動に大衆を参加させていくこと。『計画する』という点で彼らの能力を発展させていくこと。広い意味での共同行動における決定への直接の参加と、決定への自己規律に基づく服従。意見の相違が当然であることを認め、徹底して討論し、判断の共有を作っていくこと。この質をあたりまえの日常活動として・・・あらゆる大衆運動体の中にまで作り出していくこと。3.労働者の中に入っていくこと。」(『火花』106号)と述べた。
 こうした時代状況の変化に対応することが早急に必要である。そのために、われわれは、党建設を早急に進めることである。われわれは、『火花』を、宣伝・煽動・工作・組織建設の武器として再強化する必要があると考える。そのために、われわれは、出版・宣伝活動に力を注ぐのに必要な体制をつくらねばならない。第2に、政治新聞の計画を進める活動のために、政治討論と方針づくりをすすめる必要がある。第3に、われわれは、これらの事業を先頭になって推進できるようにより集中した議論と取り組みを強化する必要がある。これらを含めた必要な任務と物的手段・精神的手段について議論を急ぎ、迅速に決定を下せるようにすることである。そして、「新しい階級闘争の構造の中で、新しい任務を引き受けていくことのできるような党の建設に向けて、われわれは自らを不断に変革する。そして、われわれ同様こうしたたたかいをくぐりぬけた部分による、新たな綱領・戦術・組織のもとでの団結を必ず実現する」(『戦術・組織総括』)ということの具体化を急ぐ必要がある。すなわち、「われわれ同様こうしたたたかいをくぐりぬけた部分による、新たな綱領・戦術・組織のもとでの団結を必ず実現」し、次の大会を準備しなければならない。それは、「四部五裂した前衛の統合」というスローガンの実現への一歩を踏み出すことである。その条件は、ここ数年で急速に形成された。われわれはこうした新たな条件の下での階級闘争と共産主義革命運動を発展させるのに役立つ基準や指針を示す新たな綱領・戦術・組織を早急に作ることである。階級闘争、そして今日の運動を発展させ、それを阻害する宗派主義を排して、推し進めることでなければならない。その他、党改革のためにあるさまざまな領域について、具体策の議論を進め、その策定を急ぐ必要がある。われわれは、情報を集め分析・評価し、新聞という武器を持ち、共同行動を進め、統一と団結の強化に向けた試みを前進させ、プロレタリアートの大きな団結(しかも国際主義的団結)を実現する働きかけを強化する必要がある。その中で、共産主義者の統一と団結の強化をも前進させることである。このような事業に対して、多くのプロレタリア大衆・共産主義者の結集と支援を訴える。
 若者たちが、数年前まで、「生きさせろ!」というスローガンを掲げて労働運動に自ら参加するような状況を誰が想像できただろうか!? そして、世界金融恐慌が勃発することを誰が予想できただろうか!? 時代は急変している。われわれはそれに遅れをとらないようにしなければならない。




TOP