共産主義者同盟(火花)

第21回参議院議員通常選挙結果について

渋谷 一三
312号(2007年8月)所収


<新しい政治局面開かれる>

 民主党単独で60議席を獲得し、推薦候補を入れると67議席を獲得した「地すべり」的勝利により、政治的閉塞感が開放され、自民党の急速な没落が開始されることになった。
 民主党が政権を取れば、かねてから小澤さん自身が強調しているように、政権・公共事業と結びついた利権構造は大きな打撃を受ける。利権が党の命脈であった自民党の瓦解が始まる。
 これは、マスコミを賑わわせている二大政党制の始まりではなく、自民党の没落の開始にしかならない。自民党は二度と政権政党に返り咲くことは出来ない。
 これが、新しい時代の始まりの中味であり、これが、閉塞感の打破の中味である。
 二大政党制になるとすれば民主と自民ではなく、政界再編を経てであり、自民党の政権復帰はありえない。なぜなら、自民党こそ利権政治以外の中味を持てなかった政党であり、「自民党をぶっ壊し」た小泉以後、利権政治に先祖がえりした安倍政権の実態だから。安倍政権の不祥事の連続は、決して偶然ではなく、利権政治を人格的にも表現している諸人物を閣僚に登用していたからに他ならない。
 自民党の凋落に伴い、社民党・共産党の議席増の局面が開かれる。この事態を両党の支持層は直感していた。閉塞感の打破と自民党政治の終焉を何にも優先させて、社民・共産支持層から民主へ多くの票が入った。社民の18%、共産の10%、無党派の50%が民主党に投票している。

<民主党の勝因=小澤党首>

 民主党の勝因は、一にも二にも小澤党首であり、これに尽きる。
 一人区23勝6敗。前回が野党の13勝14敗だったことを振り返れば、一人区の勝利が民主党の大躍進の根拠になっている。もちろん、複数区で2人の候補者を擁立するなど、第一党の態度で臨んだことも勝因の一つではあるが、これとても勝算なくしてしたものではない。
 一人区の勝利が勝因だが、一人区は自民党の牙城とされ、「戦わずして諦めている」状態から一人区総なめ状態を作り出した原動力は小澤党首以外に要因はない。党首就任以来、参議院での与野党逆転状態を作り出すことを一切に優先して一人区行脚を続けてきた発想力と実行力は、将来を見通した政治家のなせる業としか言いようがない。民主党の他の誰が党首であっても、この地すべり現象は起こせなかっただろう。この点で、柳沢・松岡・久間・赤城・麻生などの諸閣僚の金を巡る疑惑や暴言・失言問題や年金問題が民主党への風となったとするマスコミの論調を筆者は是としない。
 これらの事柄が一人区の勝因と言えるだろうか。民主への追い風になったとはいえ、長崎以外の一人区をひっくり返すことはできない。郵政民営化に反対して国民新党を結成した亀井さんの子息が島根で当選したことに見られるように、農村部の利害は公共事業の撤廃を安易に主張できないどちらかと言えば「利権体質」の温床なのです。それほどに農村は疲弊しており、農業は大規模農家以外は食べていけない状況においこまれ、農村部の非農業人口を支えている公共事業の圧縮は死活問題になっているのです。格差社会は都市部においてだけでなく、農村部で先行して現れているのです。
 農村部出身の政治家=小澤さんは、このことを肌身で知ることが出来る位置におり、そうであるがゆえに敢然と一人区に焦点を絞った。複数区は追い風で十分であり、追い風がなくても十分であり、追い風程度では地すべりを起こせないことを認識していた証左です。
 全一人区を3巡するだけではなく、20ha以上を保有する大規模農家への援助を決めた自民党の大ブルジョア路線に対して、全農家に補助金を出すことを政策に掲げる小ブルジョア路線を対置し、田中派以来の自らの政治的立場を貫徹したのです。
農村の疲弊を救うことが国家百年の計であることを踏まえた上でのことであることは言うまでもありません。
 マスコミ論調では小澤さんは元々新自由主義者で、政策に一貫性がないということになりますが、彼が主張していたのは大企業すなわち大ブルジョアへの護送船団方式や過剰な保護・補助金など要らないという主張で、小ブルジョアの参入機会均等を主張する小ブルジョア路線です。一貫している。この点でもマスコミ論調は当たっていない。
 当たっていないということは、情勢の推移を読み誤るということだ。

<9条ネットの空振りの根拠>

 推薦人に、秋田明大(元日大全共闘議長)、大口昭彦(元早大全共闘)、足立正生(映画監督)、新開純也(元タカラブネ社長)、土屋公献(元日弁連会長)、若松孝二(映画監督)三上治(評論家)という新左翼の錚々たるメンバーを擁したが、その結果は、敗北と言うしかないだろう。
 「生かせ9条!一票一揆!」「非戦・平和・東アジア善隣友好の日本へ!」というメインスローガンに表わされているように、その立候補の動機は9条改憲阻止の一念でしょう。
 だがそれだけでは、公明・共産・社民も同じです。その共産・社民も議席を減らしている。減らしている第一の要因は、政治局面の転換を求める閉塞感を打破するための投票行動であった。憲法改悪に反対なのではなく、閉塞感の打破なのです。投票が集中した民主を見てみると、憲法改悪には反対であることに変わりはないのです。
9条に関しては、怪しいものの改憲派とは言い難い。前々節で触れたように、小澤さん個人は小ブルジョアの思想を代表しており、国連への平和維持軍への参加を見返りに米国主導の軍事への深入りを避ける方針です。自身の子息が自衛官であることからも、安倍のように軍事を弄ぶ危険を感じさせる人物ではない。
そもそも安倍や自民党の主張するような軍事を日本の大ブルジョアジーは要請しているのだろうか。議論はそこまで遡ることを要求しているが、9条ネットはそこまで触れていない。これも敗因の一つだろう。大衆に遅れを取っている位置なのです。
グローバル化し、とりわけ東アジアに経済活動の重心が移りはじめている日本の大ブルジョアにとって、イスラム全体を敵に回しブッシュ一族の経済利権を肥やすだけの侵略戦争に追随することは必要なことではない。むしろ成島さんが主張した「東アジア善隣友好」が大ブルジョアの利害でもある。そして資源を巡り軍事を背景に大陸棚の油田の開発に着手している中国と対等に渡り合える軍事力(軍事を行使できる政治力を含めて)を持つことが、成島さんとの相違点です。
安倍・自民党は中国と渡り合える軍事力を持つことを課題としたはずなのに、9条を変え集団安保が出来るようにしようというとんでもないことを言い出してしまった。米国の私的とすらいえる侵略戦争に自動的に巻き込まれようというのだ。これには日本のブルジョアジーもあきれているのです。
大ブルジョアには実はもう一つの選択肢がある。大ブルジョアだから必ず好戦的だというのは、軍需産業=大ブルジョアと観る戦前の日共のような誤った思考でしかない。東アジア経済共同体(AU)創設への道というのが、もう一つの選択肢であり、この場合中国との軍事衝突は必要でない。
だが、この道は戦後補償をしてこなかったばかりか、復興に力を貸さなかった日本を入れて成立するとは思えない。戦後の自民党支配がこの道を閉ざしてしまった。社民は社民政権を樹立してAU創設をというスローガンを掲げることができるが、9条ネットの場合このスローガンを掲げることはできない。自らは社民主義者ではないからだ。

<9条ネットは新左翼なのか>

 新左翼は、議会主義社民政党がブルジョアジーに包摂され体制の補完物・二重めの抑圧機構になっている閉塞状況を打破するために、議会主義そのものを批判して、むしろ議会主義に対置する形で街頭主義を打ち出すことしかできなかった。この議会主義批判の脆弱さが後の敗北の根拠でもあるのだが、9条ネットは立候補するに当たって、最低限、議会に議員を送る政治活動が議会主義とはことなる政治活動であり、議会主義批判の中味の一部でよいから今日の位置から、選挙にでることの意義を唱えるべきだった。
 新左翼は現在、ほとんど政治的影響力を持たず、自己再生能力すら疑われる状況であり、高齢化が進み、退役軍人の戦友会のような様相を示しているところすらある。昭和レトロブームの中に位置づけられた全共闘回顧現象。これが大げさかもしれないが現在の「新左翼」の客観的姿である。
 こうした中で何もしないよりも自らの政治的影響力を拡大して行こうという志向そのものは健全であり、支持できるものです。問題はどういう中味の政治なのかということであり、だから既成のどの政党でもなく自己を分離して形成せざるをえないのかということを時事的事柄の中で述べていかなければならない。
 残念ながら9条ネットにはこの姿勢がなかった。

<9条ネットは急ごしらえの感がする根拠>

「9条改憲を阻止しよう!」「モラルある政府を樹立し、格差をなくそう!」「原発を廃止し、自然エネルギーへ!」「農業を守り、食の安全を!」「地方自治を拡大し、在日外国人に参政権を!」。この5項目が「政策」だが、抽象的無内容の感をぬぐえない。
 例えば格差社会の問題。グローバル・スタンダードなる米国基準の押し付けの世界資本主義の現状の中で生まれた格差社会。これへの具体的対策は「同一労働・同一賃金」の原則の対置だけです。「同一労働・同一賃金」の原則から言えば、日本の本採用労働者の賃金は中国やベトナムの労働者の賃金に比べて高すぎる。中国やベトナムでの生活費は日本より安いからその分を割り引いて「同一労働・実質同一賃金」を目指すとなると、この計算は机上ではできない。資本は運動を通じてこの試算をしている。この運動の結果生み出された現実が派遣労働者や「フリーター」と呼ばれる非正規雇用労働者の賃金水準なのです。ご覧のように、「同一労働・同一賃金」の原則を掲げるだけでは現実に対して全く無力なのです。世界資本主義の運動の分析とその止揚の方向の提示という中期的作業とともに、現在での施策を具体的に出すことの内に回答が含まれていなければならない。それが政治というものです。
 「モラルある政府」のスローガンに至っては論外。どうしたらそういう政府が作れるのか、どうして自民党ではできないのか。拙稿でも簡単に利権体質の根拠に触れている。その程度の暴露ぐらいは簡単にできるはずです。『「無駄な公共事業をなくそう」から「公共事業の中の無駄をなくそう」への発展』とか。
 「農業を守り、食の安全を」のスローガンにしてもしかり。民主党の小澤案の全戸所得補償の方が遥かに具体的で、農業を守る不退転の決意が現れている。補助金農業はだめだといった途端に、日本の農業は守れないのです。外国産農薬漬け農産物が安価に入ってきて、市場原理に基づいて日本の小農家を駆逐するのです。都市の負担において補助金を出し、日本の農業をとりあえず守るのだということを民主党のように鮮明に出すべきであり、それ以上を言わなければ民主党に勝てないのです。
 在日外国人参政権にしてもしかり。国政参政権も認めるべきで、その流れの一環として地方参政権も認めるべき。脱原発もしかり。風力発電には低周波騒音公害の問題が付随しているし、太陽光にしても風力にしてもコストの問題が付随している。例えばエアコンの設定温度を27度以下には出来ないように制限する法律を作る方が今の段階では原発廃止により近づきやすい方策なのです。自然エネルギー一般の対置では現実味がない。だが、27度以下の設定が出来ないように権力で統制する方法は別の問題を生み出す。そこに、まやかしなのだが、原発がコスト面でもCO2排出削減でも有効だというデマが入り込む余地ができる。大衆は原発を必要悪として受け取っている。
 以上、9条ネットの選挙結果分析を通じて、新左翼と呼ばれた政治層に問われたことを追ってみた。

<9条ネットが新左翼に問うたこと>

議会主義政党批判の内容の稚拙さを認めるのか否か。
議会に議員を送ることで政治的影響力・再生産構造を手にいれることが出来るのか否か。
現実変革の政策を具体的政策として提示することが、必要なのか否か。
 以上3点はどうだろうか。
 9条ネット自身は答えを出している。
 かつての議会主義政党批判の内容が貧弱であったことを認め、選挙戦に大衆が動員されることを通じて政治的に組織されていく現状に指をくわえて見ているのは誤りであり、選挙戦は有効な政治的組織戦の戦場であると、その行動をもって宣言している。ただし、具体的政策として提示することの必要性については疑問が残る。
 筆者は具体的政策として提示する必要を感じている。そのことが階級的非和解性を具体的に暴露することに寄与するし、非和解的という概念や階級という概念を大衆に受け入れてもらう契機となると考えている。また、裏面では、非和解性の概念の上に寝転んで昼寝を決め込み、具体的解決形態を見出そうとしない自らの怠惰を許さないためにも具体的政策をそれが実現可能であろうがなかろうが具体的方策足りえるものでありさえすれば提示し、逆に実現を阻んでいる社会的・経済的・文化的要因を浮き立たせることに寄与すべきであると考えている。

<おわりに>

 今回9条ネットは敗北すべくして敗北した。だがそれは憲法改悪阻止の意志が大衆の中に弱いからではなく、自民党がもたらした格差社会というグローバル主義・その是正の道としての侵略戦争のできる国家づくり=「美しい国 日本」という展望に閉塞感を持った大衆の現状打破のエネルギーの噴出の受け皿に民主党がなったということです。
 民主党の勝利は偏に党首のおかげであり、極めて脆弱な勝利にすぎないのです。衆議院でも第1党になるだろうが、党首が違えばそうはならないという、極めて脆弱な勝利なのです。その場合閉塞した状況を爆発させ受ける受け皿がない。受け皿がなくて困っている時にすら登場できない新左翼でよいのか。
 今回の選挙はこうした教訓を与えてくれているように思えてならない。




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