共産主義者同盟(火花)

政府について(5)

齋藤隆雄
308号(2007年4月)所収


6. どこから始めるか

 リベラリズム左派がブルジョア独裁の共和制に対抗して、個の多様性を社会化しようとする時、その対象を政府に求めることがしばしば見られる。例えば、マイノリティの権利擁護を法制化したり、少数派の利便性を改善するための設備を作ったりすることがそれにあたる。しかし、それらの法律や設備はその政府の経済的政治的文化的能力如何に関わっている。だから、その限界も明らかになってくる。それは倫理あるいは正義という限界である。正義が広く社会全体に行われるためには、リベラリズムの前提から言えば個々人が正義を実践すること以外にない。
 ここから出てくる派生的な問題は重要である。つまり衣食足って礼節を知る、という教えである。政府が豊かになってこそこれらの権利要求も認められるという多数派の言い分に反論しにくいということになる。ここ十数年間、バブル崩壊以後の日本資本主義の緩慢な恐慌過程が福祉政策の切り捨てとなって現れるのはこのことの証左である。故にリベラリズム左派の運動は資本主義の成長路線に屈服、あるいは同調、時には先導役となることとなる。
 かつてのスターリン時代に於ける計画経済的社会主義が世界恐慌を知らず、驚異的な成長を続けた歴史からリベラリズム左派が社会主義に近づいたのは故なしとはしない。が、その成長路線が躓き始め、成長の実態が明らかになって来るに従って距離を置くようになってきた。
 これらのことから我々は何を学ぶべきだろうか。エコロジストが共和派と親和性があるのは、彼らが初めから個に基盤を置いていないからである。古い話で恐縮だが、ナチスドイツ時代の初期に有機農業を提唱した一派が北部ドイツへの入植運動を盛んに行い、ヒットラーが利用したという事実は雄弁にそれを語っている。日本に於いても、戦前の翼賛運動内部に環境派がいたという指摘がある。(渋谷要『国家とマルチチュード』第二部第二、三章参照)
 ここからリベラリズムの前提である個と社会もしくは政府、あるいは国家の問題が浮かび上がってくる。個と資本主義は親和性がある一方で、国家は資本主義を否定する側面を持つ。なぜなら、個は市場で売買されるが、国家は売買されない。ただし、政府あるいは社会という場合、個に近い社会という言葉は世界を時間的にも地理的にも境界線を引かないという意味で、政府よりも資本主義に近い。政府は民族という、国家を成立させていた根拠からは距離を置くが故に社会に一歩近づいているといえる。
 帝国主義という言葉が現れてきた20世紀初頭にレーニンが自由主義的資本主義から帝国主義的資本主義への流れが必然的であると指摘し、それが社会主義への一歩前進であると言った理由は生産の社会化という点であった。独占企業という形式がそれの資本主義的現れであると捉えたのである。今日、「帝国」という言葉が提起され話題を呼んだのは、民族国家から国民国家、そして国民政府から帝国の一部へと資本主義が姿を変えてきているという逆説的「希望」である。世界革命の根拠をここに求めようとする人たちも現れるだろう。
 これら一連の思考回路は一続きのセットとなっている。ここから共産主義の「政府」が立つ位置はどこにも見当たらない。なぜなら、これらの言葉の中に協同性を示すものが一つもないからである。確かに環境派や民族派にはそれなりの協同性があると言う人がいるかもしれない。しかし、それらは歴史的な総括が必要であろう。計画経済的社会主義が崩壊したと同じように、民族派も環境派も一度ならず崩壊したのだから。
 では、我々はどこから始めるべきか、と人々から詰問されるだろう。
 しかり。それは、現実から始めると答える以外にない。リベラル左派が階級闘争の様々な色合いの多くを占めてきたという現実は、それが来るべき社会の希望を反映していたと見るべきだろう。しかし、それがどのような社会として、政治と経済、文化を含めた世界全体を視野に収めたものとしては語られてこなかった。むしろ、狭い政治的領域に閉じこめられて歪曲された理論としてこれまで語られてきたと言うべきだろう。彼らが先進資本主義、言い替えれば帝国主義とその周辺の地域においてのみ、その社会的運動を拡大してきたという事実から目をそらすわけにはいかない。彼らが個人の自由と権利の下に、たとえば少数民族の自治権を要求したり、障害者への福祉を要求しているのだと言いくるめることは、おそらく少数民族の独立を闘い取ろうと真摯に模索している人々の思いとは異なるものだろうし、障害者の苦悩を共有しようとする人々の思いとも違うもののはずである。なぜなら、そこには個人というものが初めから存在しないからである。そこにあるのは、個別の協同性であり、自由主義や共和主義の下に囲い込もうとする権力性への対抗だからである。
 では、何故リベラル左派と呼ばれる潮流が共産主義運動の同伴者として常に姿を現すのか。それは彼らが真の協同性を追い求めようとしながらも、常に現実から目をそらそうとするからである。更に言うなら、共産主義と自称する潮流も少なからず彼らの社会的な位置に惑わされてもいたのである。我々が真の協同性を目指そうとするなら、彼ら共々、いわゆるフランス革命の遺産と称されるものから解放されなければならない。そして、我々もまたパリコミューンとソビエト革命の呪縛から解放されなければならない。真摯に現実と向かい合えば、貧困と抑圧、差別と分断が支配する世界に直面する、と同時に協同性と連帯、変革と希望が現れてくるはずである。
 我々が何から始めるか、は我々が何に敗北し、どのように挫折したかをまず率直に見つめるところから始めるべきなのだ。パリコミューンとソビエト革命の最終的清算は何を我々に語りかけているのか。「革命中国」の現在の姿から何を学ぶべきなのか。日本に於ける1947年1960年1968年から何を学ぶべきなのか。これらがまず答えなければならない。一見、それは膨大な総括であるように見えるが、しかしそこに流れている共通の色合いは至極単純な構造を持つものである可能性がある。既に一部読者も気付いておられるだろうが、これらの歴史から我々は「実現すべき共産主義社会の姿をその片鱗さえ実現できなかった」ということをはっきりと確認することなのである。ある時は抑圧的官僚社会となり、ある時は資本主義もどきとなり、ある時はそれを提示することすらできずに立ち止まったのである。そこに立ちはだかっていたものは何なのか。ここで言うところの共産主義的政治や社会の指標である協同性や真の公共性という観点から見るなら、我々の前にまず立ちはだかっているのは公共性を看板に私的利害を貫徹している官僚組織である。
 既に見てきたように、この組織は現在的にはそれ独自の利害を持っているが、ここではそれは問わない。むしろ、歴史的に紀元前から続いている、人間社会の表皮を覆うこの組織、ある時はそれは国家と呼ばれ、またある時は政府と言い、官僚組織と呼ばれるこれらの人間社会の分業組織そのものを我々は今再度問題としなければならない。
 なぜなら、今まさに共産主義を実践すると言うことは、これらの組織と闘うことを意味するはずだからである。そしてこれらの組織は今やあらゆる場所に、あらゆる機会で立ち現れて人々に公共性の幻想を振りまき、利用され、真の人々の結合を妨げているからである。
 嘗て我々が社会変革を暴力でもってなすべきと宣言した時、反革命の暴力への対抗手段としてそれは必然となると考えただけではなかった。それは、既存の公共組織そのものが欺瞞に満ちたものであるとしたからであり、民主主義という衣を被った議会主義が何ものをも解決できないということを喝破したからであっただろう。それだけ、立ちはだかっている政府と官僚組織の、人間社会に及ぼしている根の深さを知っていたからである。
 我々がこのことを敢えて提起するのは、問題の深さとその決定的な意味を理解するからである。おそらく多くの人は、この提起を無政府主義の主張と混同するだろう。しかし、それは問題の深さを理解していないからである。何故なら、これは一片の法でも、単なる政権交代でも実現できるものではないからである。これが示しているのは安易な革命観ではない。政治、経済、文化というあらゆる人間社会の変革を要求するものだからである。
 かつて共産主義者が社会の生産組織を統合管理する所から労働者の協同性を追求しようとしたが、それは醜悪な官僚制国家として結果した。そして今日、日本社会に於いて社会の内部に協同性を組織するための萌芽はきわめて僅かしか発見できない。戦後の労働運動に内部に於いて活発に追求された労働者の非公式な協同性は今や壊滅の危機に瀕している。我々が新しい運動として注目したものはこのような伝統的に労働者階級の内部に存在する諸組織を探すことであった。NGOやNPOがそれらの萌芽として可能性を持っていると考えたからこそ一定の支持を表明したのである。協同組合や地域通貨においても同様である。しかし、これらが嘗ての失敗を繰り返さないと言う保証はどこにもない。例えどのような小さな組織であっても、似非公共性や官僚主義が必ず生まれる。それを如何に解決していくかは我々の革命を決定するだろう。おそらくそこでは、理念と計画、決定と実行、討議と承認、検証と公開制といった様々な実働的組織の時系列段階で、構成員相互がどのようなコミュニケーション技術を習得するか、そしてそれらが組織の外へどのようにつながっていくか、これらのことが問われるだろう。
 これらが並大抵なことでないということ、言葉で言い表すほどには簡単ではないということを次回は検討していきたい。




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