共産主義者同盟(火花)

「対テロ戦争=第三次世界戦争」、恐慌、格差拡大は、革命を呼ぶ

流 広志
297号(2006年5月)所収


「対テロ戦争=第三次世界戦争」下の大衆闘争弾圧を弾劾する

 ブッシュの「対テロ戦争=第三次世界戦争」体制構築と合わせるように、公安警察の大衆闘争への弾圧も強まっている。前号の拙稿で、街頭デモが、大衆闘争の場になりつつあると書いたが、それを示す弾圧事件が起きた。
 4月30日に行われた「自由と生存のメーデー−プレカリアートの企みのために」の集会後のデモで、100人足らずの小規模デモにたいして、公安警察が、当初から、挑発的にふるまい、3名を不当逮捕したのである。
 メーデー救援会の情報によると、当日、機動隊はデモ隊を取り囲んで封鎖したまま、途中参加・途中離脱を妨害し、歩行速度まで規制し、後ろからせかしたりした。このデモは、イラク反戦運動でも飛び入り参加を実現したサウンド・デモ方式をとり、それを事前に原宿警察に届けていたが、当日になると、DJに対して「皿(ディスク)回したらパクるからな」「機材を操作したら逮捕するぞ」などと恫喝し、危険を感じた主催者側とDJが音を止めようとしたところ、警察は「機材に触った」として、DJを暴行・逮捕した。「さらに警察は、参加者の荷物を預かった車を一時強奪したり、参加者の携帯電話を奪い取ったり、デモンストレーション用のバルーンを破裂させるなどの物品破壊・強奪を行」った。
 これはワールド・ピース・ナウのデモで逮捕者が出たときの様子と似ている。明らかに、公安警察は、この集会デモに対して、当初から弾圧計画をたてて、挑発している。その狙いが、デモへの街頭からの飛び入り参加を防ぎ、人々とデモ隊を分断することにあることは明白である。かつてイラク反戦サウンド・デモで、渋谷の若者たちが次々と飛び入り参加して、デモ隊が膨れあがったことがあったので、サウンドそのものを出させないという作戦をとったのだ。それだけ、このデモ・スタイルに脅威を感じたともいえよう。
 このように、街頭デモは、表現・言論の自由そのものをめぐる大衆闘争の場になっているのである。こういうデモは、渋谷を歩いている若者達と近い存在であり、大衆と近い運動である。この弾圧は、そういう大衆闘争への弾圧だった。それは、メーデー救援会の約400人にものぼる賛同者の数の多さや、そこに、活動家以外の心ある人々が名を連ねていることに表れている。このデモでの弾圧者に対しては、多くの大衆的支援がある。メーデー・デモ不当弾圧を糾弾する!
 これは、ブッシュの「対テロ戦争=第三次世界戦争」下の大衆闘争弾圧であり、共謀罪新設策動や愛国心や公共の精神を入れる教育基本法改悪や戦争権を明記しようという9条2項改悪などの憲法改悪策動と結びついた日米一体の戦争体制構築に向けた動きへの抵抗を押しつぶそうという予防弾圧である。かかる策動を許してはならない。
 ただ、ブッシュ政権の「対テロ戦争=第三次世界戦争」体制は、ブッシュ政権の支持率が20%台にまで下がり、政権内部の腐敗がつぎつぎと暴露され、移民規制に反対する数百万の移民の行動が起き、ニューヨークのイラク反戦デモに数十万人が参加するなど、揺らいでいるのだが。

アメリカ景気減速と金融市場の攪乱は、恐慌と革命を近づける

 「対テロ戦争=第三次世界戦争」中のアメリカでは、金利を段階的に引き上げ、過剰消費を抑えて、貯蓄率を上げる政策が進められている。石油をはじめとする物価・賃金上昇が顕著になってきたからである。ローンによる過剰消費をおさえて、将来に備えて貯蓄するよう訴えるニュースが流されている。しかし、同時に、ブッシュ政権は、キャピタルゲイン税の減税を行おうとして、高額所得者に対する減税による景気刺激を狙っている。高金利によるインフレ抑制すなわち消費需要抑制と資本取引に対する減税による景気刺激を組み合わせているわけである。しかしそれは、大きな財政と貿易の双子の赤字を抱える中での減税であり、数千億円の政府収入の減少が見込まれている。米政府は、景気上昇による増収によっておぎなえると主張している。
 東証株価が、5月8日から12日まで、連続して大幅に下落した。市場関係者によるとそれは、アメリカでの利上げが打ち止めになるという観測が強まり、ドル安・円高がすすむという予想が広まっているためだという。円高になれば、輸出企業の収益が悪化するので、輸出関連企業の株が売られているというのである。アメリカでの利上げの停止は、景気減速を意味するので、ドル売りや株価下落を引き起こす。
 この円高・株価下落の急な動きに対して、谷垣財務大臣は、急激な為替の動きは経済に悪影響を及ぼすと警戒感を示し、榊原英資元大蔵官僚は、「105円まで下げ、そこで政府がドル買い介入するかどうかが焦点となろう。円高ドル安は心配だ」と述べた。5月12日の『朝日』『日経』『読売』は、社説で、それぞれ見解を示した。
 『読売』は、「FRBが警戒しているのは、インフレ圧力と景気減速の二つのリスクである。インフレの未然防止を重視すれば、6月も利上げを継続することになろう。これまでの引き締め効果の浸透や、景気動向を慎重に見極めるため、利上げを一時休止する選択も考えられる」と読んで、現在の円高と株価下落の要因を「米国の利上げの終着点が近づく一方、日銀が今夏にもゼロ金利政策を解除し、金利が上昇局面に入るとの思惑から、市場関係者の多くは、日米金利差の縮小を先読みしている」ためだと見ている。
 『朝日』は、FRBが利上げを停止するという観測が強まって、それまで抑えられていた貿易赤字によるドル売り圧力が解き放たれたと見ている。『朝日』は、「思い起こすのは、87年10月にニューヨークの株価が暴落し、世界の金融市場が大混乱に陥った「ブラックマンデー」である。このときも米国は貿易と財政の「双子の赤字」を抱えていた。そのなかで、当時の西独が利上げに走り、日本にも追随する動きが見えたことから、米国経済への不安が広がったといわれる」と、バブル崩壊への転機となった87年10月の「ブラックマンデー」を思い起こさせている。「米国の赤字が拡大する一方で、中国などアジア勢を中心に黒字が積み上がるという世界的な不均衡を放置しては危うい。主要国が是正に動かないと、為替や株式、債券などの金融市場が暴れ出しかねないからだ」。かかる悪夢を防ぐためには、「アジアの黒字国は、輸出頼みを改め、内需を促すとともに為替相場が実勢をより反映する改革に踏み切る。日欧は引き続き成長に目配りしつつ、構造改革を進める。そして何よりも急ぐべきは、米国が「双子の赤字」を減らす」ことだという。そして、「市場がとくに懸念するのは、イラクでの戦費の拡大とブッシュ政権の公約ともいえる減税計画の行方だ。いずれも財政を悪化させる元凶である。その是正に向けて、大統領は明確なメッセージを世界に示すことで、市場の不安を和らげるべきだ」と各国がそれぞれの経済上の課題を解決する必要があると主張する。
 『日経』は、「難しいのは米金融政策の転換自体が為替や長期金利など金融市場に大きな影響をもたらしかねない点だ。為替市場では米利上げが打ち止めになればドル安が加速するという見方が根強い。欧州や日本の金融政策も引き締め方向に転じるなかで、各国の金融政策の動向が市場に及ぼす影響も大きくなっている。金融政策をめぐる当局者などの発言に、市場が敏感に反応しやすい地合いになっている」として、「日本の金融政策運営を考えるうえでも米国の金融政策から目が離せない」と注意を呼びかけている。
 『日経』『読売』は米金融政策の様子見を、『朝日』は国際不均衡や為替政策の是正やや米国の双子の赤字の解消、内需主導の経済政策をとるなどの積極的な「改革」を実行することを主張している。いずれも金利政策にポイントをおいているが、『朝日』はケインズ主義的な有効需要説に近い点が違う。国際経済の不均衡に焦点を当てている『朝日』の方が、グローバル経済の現実をリアルに見ているようである。『日経』『読売』は、グローバル化の推進をこの間主張し続けてきたわりに、こうした国際経済の現実に広く目を向けるのではなく、アメリカの経済・金融情況に焦点をすえすぎている。それは、両紙がグローバル化をアメリカ化とほぼ重ねてとらえていることからきているのだろう。実際、竹中が導入した様々な改革法体系は、アメリカのニューヨークのあるデラウェア州法を導入したものだし、司法改革の陪審員制度導入も米裁判制度の導入であり、その他、この間の構造改革路線の多くが、米制度への一体化であったのであり、それをグローバル化への対応と称しているのである。ただ、『日経』は、各国金融当局が、金融引き締め策をとりはじめたことで、各国の金利政策を裁量する余地が拡大して、各国の金融政策動向が、市場に反映しやすくなっているという変化を指摘している。
 アメリカ経済に不均衡の累積が進んでいることは、不動産投資バブルや過剰消費などからうかがえるが、それを金利引き上げで抑えることができたかどどうかは不明であるハイエクの理論では、貯蓄があまり増えていない現状では、信用は、まだ過剰である可能性が高いということになる。したがって、米金融当局FRBのバーナンキ議長らが、利上げを続行する可能性もある。しかし、『朝日』が危惧する株式市場、債券市場、為替市場などの金融市場ばかりではなく、原油市場をはじめとする商品市場が大暴れすれば、それにたいして、生産構造は、すぐには対応できないので、そこにも大きな不均衡や攪乱が生じることになる。そうなれば、世界恐慌の可能性が高まることになる。日本の金利上昇が、世界の貨幣の流れを攪乱することで、その引き金を引く可能性もある。
 アメリカ経済が景気減速していることからも、先に経済同友会が、首相の靖国神社参拝の中止と国立の追悼施設建設を求める意見を表明したのは、ドル危機の緩衝装置としてのアジア共通通貨導入で日中韓が合意したのと同様に、中国などアジア経済の発展に、日本のブルジョアジーの利害がかかる割合が高まっていることを示している。

恐慌や格差の不均衡拡大は、計画経済を引き寄せる

 大新聞のいくつかは、極端な自由主義論の宣伝者として、平等論についても、極論をふりまいている。しかし、格差が広がると、社会不安が起きることは、中国を見れば明らかである。ブルジョアジーは、議会での対立すら、商売にさしさわるとしてきらう。日本政府も、表向きは格差社会化を否認しつつも、実際には、国家公務員2種にフリーターの採用枠をつくるなどの対策を検討している。
 平等は、近代資本主義社会が掲げた理念であり、フランス革命の理念も「自由・平等・博愛」であり、日本国憲法も平等の理念を掲げている。それが、機会平等は、資本主義的で、結果平等は社会主義的だというふうに大新聞などで言われるようになった。しかし、個人主義的自由主義者のハイエクでさえ、消極的にだが、格差是正が必要だと述べている。彼のお手本だったイギリス自由主義者のJ・S・ミルがそう言っているのである。 
 日本で、新自由主義の極論が流行ったのは、バブル崩壊後の長期不況が長引き、ケインズ主義的な財政出動の効果がなかったからである。それは、政府の肥大化や公共部門の非効率、肥大した国家の官僚主義のせいであり、官僚社会主義=「大きな政府」のせいだという声が広まった。しかし、それでは、北欧諸国が経済が好調なことの説明がつかない。それに、1980年代には、まだ社会保障負担割合は先進国で最も低かったのであり、少なすぎると批判されていた。今でも、日本政府は先進国の中では「小さい政府」の方である。
 1997年にアセアンでのバブル崩壊が起きて、それがさらに日本経済に打撃を加えた。山一証券の経営破綻をはじめ、拓銀、長銀と大手金融機関の経営危機が続き、中小金融機関の経営危機も起き、不良債権問題が深刻化することで、中小企業の倒産が相次ぎ、大企業も危なくなるという経済危機の中で、大胆な改革が必要だという声が強まり、そういう声を背景に、構造改革路線がしだいに導入されはじめ、ついには急進的な構造改革路線の小泉政権が誕生する。しかし、その結果は、格差社会化であり、それにたいする地方、下層、障害者などの被差別層などからの不満の声が増大している。それに対して、うそのように大儲けした大企業は、過去最高益をあげながら、法人税は低められたままであり、最高税率が引き下げられた高額所得者たちは、贅沢品を買いあさったりしている。
 大新聞の経済論も竹中にしても、恐慌が必ずあるということにふれない。通常の景気循環論ではなく、「持続可能な成長」ということが言われている。これは金利政策などの経済政策で、景気運動を管理できるとするような誤解を与えかねないスローガンであるが、それが可能なら、今は、計画経済ということになる。政策で経済をコントロールできるというのだから。それでは、市場社会主義とかわらなくなってしまう。
 ハイエクにしても、シュンペーターにしても、ケインズにしても、景気循環や恐慌を前提に資本主義経済・自由主義経済を考察していたのであるが、いつの間にか、それは克服可能なものであるかのように論じられているのである。しかし、恐慌は、資本主義経済にはつきものである。バブル崩壊恐慌のダメージは、土地価格下落として今も続いている。1929年世界恐慌からアメリカ経済が立ち直るまでに、十年以上、第二次世界大戦中までかかっていることが実証的な恐慌研究から明らかになっているように、恐慌の打撃からの回復には長い時間がかかるのである。90年代末の金融機関の公的救済策を出した時、政府与党は、「日本初の世界恐慌の引き金を引かない」といって、それを正当化した。しかし、景気回復にともなって、「のど元過ぎて熱さ忘れる」で、WTO交渉締結を急げと新聞が騒ぎ立てるようになった。
 ハイエクの恐慌論は、根井雅弘氏によれば、「恐慌の原因は有効需要の不足(ケインズ説―引用者)ではなく、「現在の消費―貯蓄比率が仮定される場合に維持することのできない生産過程の過度の拡大につながる、体系内への信用の投入によって引き起こされる過剰消費」(2:p.212)なのである。したがって、事態をこれ以上悪化させないためには、何よりもまず、信用を引き締め、貯蓄を増加させなければならない」(『ケインズ革命の群像』中公新書71頁)というものである。ハイエクは、不況期に信用を引き締め、貯蓄を増やせというのだから、大量倒産、大失業が発生することは明白である。耐えるしかないというのがハイエクの答えである。しかし、それには、耐えられないし、耐えられなかった。だからケインズ主義がもてはやされることになったのである。
 市場=分業は、不均衡を累積させ、その暴力的解決=恐慌の可能性を発展させる。それには分業の発展によって独立化して信用を利用する商人資本の技術的操作が関わるのである(それについては、『資本論』第3巻第4篇商人資本第18章商人資本の回転。諸価格 参照)。近代経済学派内では、不均衡動論がそれを示している(例えば、岩井克人の場合、ヴィクセルやケインズの景気循環論から学びつつ「市場経済が純粋であればあるほど、超インフレーションや大恐慌といったかたちで自己崩壊する可能性をかかえこんでしまうというパラドックスが見えてくる」(対談集『終わりなき世界』岩井克人・柄谷行人 太田出版81頁)し、市場経済は、経済「外」的要因によって安定が保たれるというのである。等々)。
 小泉政権の新自由主義政治のおかげて、民間主導の景気回復ができたと評価するエコノミストもある。共産主義運動にとっては、ケインズ主義政策の方が対応しづらかった。新自由主義の方が、相手にしやすい。実際、韓国・台湾・タイ・中国・アメリカ・フランス・イタリア・ドイツ・イギリス・イスラム圏などでは、何万何十万何百万規模の大衆闘争がつぎつぎと起きており、最近ではペルーで左派政権の誕生が決定したことをはじめ、アルゼンチン・ブラジル・エクアドル・ボリビア・ベネズエラと左派政権が続々と誕生している。ただし、日本はそうした世界的な波に乗り遅れている。いずれも、平等、民主主義、経済主権の民衆への奪還などの動きであり、グローバル化への批判を多かれ少なかれ持っている。
 機会平等は、平等の領域の一部に過ぎない。『日本国憲法』は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(第14条1)と平等を規定しており、機会平等のみを平等としてはいない。近代ブルジョア社会は、「自由・平等・博愛」の理念を掲げて、ブルジョアジーがその他の階級階層を動員して、封建制を暴力的にうち倒し、封建制度を解体する中から登場したのであり、いわばそれは近代化のブルジョアジーの公約であったが、それを破るとなれば、封建制を打倒したブルジョア革命・近代革命の正当性は失われ、ブルジョア支配を打倒する口実ができるのである。
 おおいにけっこう。正統性をなくしたブルジョアジーに代わって、プロレタリア独裁をうち立て、計画経済を実行し、未だに人類が経験したことのない新共産制社会へと前進するための諸方策を実行に移すことにしよう。




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