共産主義者同盟(火花)

東海村臨界事故をめぐって

野瀬邦彦
219号(1999年11月)所収


 9月30日、10時35分に発生した東海村臨界事故は、原子力事故が、日常のすぐそばに同居しており、それにたいして、国家を始め、我々がなんら対応能力を持っていない現実を破壊的な形で示した。原子力が未だ、人類のコントロールしえない代物であることを図らずも露呈させた格好である。
 史上初の住民退避不可避とした事故を発生させたこの後にいたってもまだ、政府は原子力政策に変更なしとの態度をとり続けている。そして、被害を取るに足らないことかのように宣伝し始める始末である。
 ここに再度、事故の事実経過を含め、問題点を整理してみたいと思う。

1.JCOの核燃料再処理とは?

 今回、臨界事故を引き起こしたJCOとは、再転換処理という、核燃料サイクルの一部を担う施設である。ここでいう再転換とは、使用済み核燃料や、ウラン原料であるイエローケーキなどを濃縮したあと、さらに核燃料の原料として製品一歩手前まで加工する施設である。具体的には濃縮に適した形態である6フッ化ウラン(気体)を不純物を取り除きながら、2酸化ウランの粉末に転換(再転換)する施設である。このあと、この2酸化ウラン粉末は燃料棒へと加工される。プルサーマル計画等でのMOX燃料は、ここでプルトニウム239が混合され加工されることになる。
 付け加えると、この施設には、化学的反応性と毒性の非常に強い放射性物質である6フッ化ウラン(気体)が多量に貯蔵されているはずであるが、このガスが拡散していたら被害は史上最悪の放射能汚染を引き起こしていた可能性がある。
 今回の事故は、こうした核燃料サイクルの一部において発生したのである。同規模の施設は全国に20施設あり(
資料1)、今回科学技術庁が慌てて再調査した施設は原発を含め185施設ある。これらの施設が、JCOが容認された同じ設備基準と監査能力の下に今現在も操業されているのである。

2.今回の臨界事故について

 今回の臨界事故の発生は、ウラン原料に占める核分裂性物質、ウラン235の濃度が非常に高く濃縮された材料を取り扱っている最中におきた。これは高速増殖炉用(具体的には実証炉・常陽マークU用)のための原料である。一般の軽水炉用の燃料が4%程度のウラン235を含むものである事に比して、今回は18.8%もの高濃縮ウランが取り扱われていたのである。これをいつもと同じ調子でバケツ精製をやってしまったために臨界が発生したということである。
 臨界とは核分裂が外部からのエネルギーがなくとも継続する状態である(この物理用語から臨界点なる派生語が生じている)。核分裂性の同位体であるウラン235は、分裂する際にエネルギーの高い2.5個の中性子を放出し、これが他のウラン235原子核に衝突することによって連続的に核分裂が持続する。臨界の条件は、この235の純度が高いこと、一定以上の量が集中すること、また、効率よく中性子が他の原子核に衝突するように減速されたり、放散してしまわない用に遮蔽(反射)されたりすること、などが考えられる。今回、ウランの硝酸溶液の中の水分が減速剤として機能し、同時に溶解槽の周りに冷却水が満たされていたことが中性子の反射剤として働いたこと、また、軽水炉用ではなく、濃縮度の高い高速増殖炉用のウラン原料であった事などが重なって臨界が発生・持続したのである。まさしく遮蔽されていないハダカの原子炉が町中にぽつりとできがってしまったようなものである。
 この臨界を止めるために、翌午前2時30分、大量の被曝を伴いながらの冷却水抜き取り作業が行われ、午前4時過ぎようやく中性子線の低下が確認され、6時30分頃ほぼ中性子線量が測定限界以下になり、臨界の終息が確認された。8時30分頃より核分裂を抑止する効果のあるホウ酸水を溶解槽に注入し再臨界の予防措置を行った。
 臨界を想定していない施設において、臨界を停止させるための選択肢は極めて限られていたハズである。冷却水の抜き取りで停止したのは運がよかっただけであり、これが失敗していれば、さらなる被曝を伴う人力によるホウ酸水の注入しかなかったのである。

3.被害の実相と公式発表

 科学技術庁の発表ではレベル4(資料2)となっているが、これは、施設内に被害がとどまる場合を指しており、臨界時の高レベルな放射線と十分な放射能の拡散防止処理を怠ったために多くの放射性物質をばらまいた事がわかっているように、むしろレベル5というべきモノである。我が国の原子力史上最大の事故といいつつ(しかしここ数年、史上最大の事故が続くモノである)レベル4として事態を過小宣伝し安全宣言を乱発している政府の対応は、多くの被害者および潜在的被害者を舐めきった態度だと言わなければならない。
 今回直接大量の放射線を被曝し、重体に陥っている作業員や、JCO職員の身体被害は深刻だが、周辺住民はどうであったのか?

・避難要請と屋内退去勧告について

 11時34分にJCOからの連絡を受けた東海村は、12時30分より放射能流出事故として、室内待機を呼びかける村内広報を開始し15時に350m圏内の避難要請を決定した。22時20分になって初めて科学技術庁事務次官が茨城県知事に10km以内の屋内退避を勧告し、22時30分に県知事が住民に要請をおこなった。最初に動いたのは東海村であり、この事態を前に国は大慌てで何も出来なかったのが実際のところである。この措置の判断であるが、屋内退去勧告が発生後10時間後だというお粗末さではあれ、臨界事故が認識され、多量の放射線の放出と爆発等による施設外への放射性物質の流出が現実的に想定された時点では他にとりうる手段はなかったと考えられる。すなわち、350m圏内の避難は、放射線被曝に対する措置であり、屋内退避は、放射能の流出に対しての対応と見る事が出来る。

・放射線被曝にかんして

 放射線とはα線(ヘリウム原子核の粒子線)、β線(電子線)、γ線(電磁波)、中性子線(電荷を帯びていないことにより透過性が非常に高い。前号ではα線と混同されていた)等を指す。人体にとりわけ影響するのは透過性の高いγ線や中性子線による被爆である。これらの放射線は人体を通過するさい、タンパク質を破壊し、DNAレベルでの障害を残す。その高度の被曝が骨髄の造血細胞を破壊し、現在も作業員を重体においていることでもわかるだろう。絶えず分裂を繰り返している生殖細胞などにも大きなダメージを残す。また、エネルギーの高い中性子は周辺の物質に衝突して放射性物質に変化させる。JCOに中性子線の測定装置がなく、ナトリウム24が作業員の嘔吐物から検出されて中性子被曝が確認され、臨界が確認されたという話だが、それは多量の高エネルギーの中性子が作業員の体内を貫く際に体内のナトリウムを放射性同位体に変化させたという事実が確認されたからである。彼らはそれほどの被曝をしたのである。
 避難勧告の350m地点の中性子被曝も問題にされるべき大きさであった。今月になっての発表では、350m地点での中性子被曝の量は、年間許容量の1.5倍に達する可能性があることがわかっている。少なくとも500m範囲の避難が必要だったわけである(それだとしても低レベル被曝の人体への影響が全くなくなるわけでもないのだが)。
 そもそも放射線被曝に関してはその70%以上が臨界直後から1時間以内の反応の激しかった期間のものだ。つまり臨界が発生してからでは決定的に遅いということだ。つまりこうした施設の半径500m以内に住民の居住が認められていること自体が不合理であり、施設基準の見直しが求められなければならない。
 今となっては中性子被曝の実体は正確につかみにくい物だが、公式発表より実際の被曝者はかなり多いことは間違いない。

・放射能被曝に関して

 10kmの屋内避難であるが、放射能の影響は風向きに大きく左右されるわけであり、リアルタイムの風向きの情報が同時に与えられなければ判断できないはずである。政府は10kmは多めにとったということだが、事態が臨界事故であり、いつ何時物理的爆発等で生成された放射能が多量に飛散するかわからない状態が続いたのであり、広範囲の住民退去をやる準備も能力もなかった時点での苦肉の策だったのである。屋内退避の意味が流出放射能への対策であることがわからなかった住民は、換気扇をつけたままでの室内待機を行った。
 あきれ果てたことに、JCOは臨界収束後も10日間、エアフィルターなしの換気扇を回し続けたようで、多くのガス状の放射性元素(放射能)が施設外にまき散らされている。案の定、敷地外で放射性ヨウ素(ヨウ素131)が検出されている。
 科学技術庁はまき散らしを黙認しながら翌日には安全宣言を出したのである。こうした感覚のズレは、もはや原子力行政全体の安全感覚のズレとして指弾されなければならないだろう。

4.原子力発電システムの採算と原子力政策

 石油ショックを契機にしたエネルギー安保論以降、原子力発電は国策として進められてきた。当時は代替エネルギーの旗頭だったが、化石燃料がまだまだ比較的安定供給されうることと、ウランの埋蔵量もそれほど豊富ではないことなどから、現在では、系としてエネルギー備蓄に役立っている事を根拠にしている。また、安いエネルギーという宣伝は、再処理や廃棄に多くの費用がかかることを自ら認めており最近はあまり喧伝してはいない。確かに86年より再処理費用の一部を電気料金に上乗せしており、ここ、2〜3年のうちに原発自身の廃炉費用を上乗せするつもりのようである(科学技術庁の試算でも一基あたり約200億円!)。これだけでも十分高く付くのだが、高レベル放射性廃棄物の処理に関してはめどもたっておらず、また、大規模事故に関しては考えない事にしている有様である。このように、原子力発電は非常に割高であり、国家的補助がなければ立ちゆかない事が誰の目にもハッキリしてきている。最近は、環境問題におけるCO2問題を追い風よろしく押し出す始末である。
 こうしてみていくと最後に残るのは、プルトニウム確保=核武装である。実際には、核武装潜在的可能国家という政治であろう。しかし、これでさえ現在のプルトニウム管理のあきれるほどのルーズさや「そのままでは軍事転用出来えないので・・・・」の一点張りなど(世界中でもそんな寝言をいってる国はない。フランスの核実験をみよ)、それなりのリアリティを持った物ではなく中途半端な思惑レベルにとどまっているのだ。
 すでにたくさん動いているという惰性と思惑程度のものにしか支えられていない原子力政策がいかに危険な物であるかは想像にあまりあるものだ。このように国家や電力資本自身がシンボルを失いつつある今、モラルの低下が生じており、また国際的な競争にさらされてのコスト削減による、安全軽視の操業が事故の頻発の原因となっていることは間違いないだろう。重大事故の多発を容認し、管理能力を失っている原子力行政に対して、原発の全面的見直しを要求する事は、政策的なリアリティを持ちうる事を強調しておきたい。

5.原発廃止へ向けて

 原子力発電所の事故が今回程度ではすまないことは、チェルノブイリの悲劇が示している。原子炉の中には桁違いの放射性物質とプルトニウムが蓄積されているのだ。今回の事故は、私たちの周りのごく身近に核施設・核燃料サイクルが存在し、そこでの事故は、否応なしに私たちを被爆させるというリアリティを示してくれた。もはや国の監視が信用できない以上、住民レベルの監視・介入を強化しなければなるまい。そのためにも住民レベルにもいわゆる「専門的知識」を常識レベルまで引き下げていくよう蓄積をすすめなければならない。
 現在50基稼働している商用原子炉を即時に停止する事は難しい。原子炉の停止を要求することは、すでに現存する核施設や膨大に生み出されてしまっている核廃棄物を安全に管理しながら廃止・処理するための科学技術の集中を要求することであり、また、代替エネルギーの開発へ向けた取り組みの強化や高度消費型の生活体系の見直しを含まざるを得ないものである。危険性を指摘し、原子力行政を弾劾していた「反原発」が退潮する中、この間「脱原発」として運動が模索している内容は、まさにこのことに他ならないだろう。


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資料1.核燃料サイクルを構成する施設 (→本文へ戻る

(1)加工施設

日本ニユクリア・フユエル(株)        (神奈川県横須賀市)
三菱原子燃料(株)              (茨城県那珂郡東海村)
原子燃料工業(株)東海製造所         (茨城県那珂郡東海村)
原子燃料工業(株)熊取製造所         (大阪府泉南郡熊取町)
日本原料(株)濃縮・埋設事業所        (青森県上北郡六ヶ所村)
核燃料サイクル開発機構人形峠環境技術センターウラン濃縮原型プラント
                       (岡山県苫田郡上斎原村)

(2)再処理施設

核燃料サイクル開発機構東海事業所再処理センター (茨城県那珂郡東海村)
日本原燃(株)再処理事業所(使用済燃料受入れ・貯蔵施設)
                        (青森県上北郡六ヶ所村)

(3)核燃料物質使用施設(政令第16条の2該当)

日本核燃料開発(株)             (茨城県東茨城村大洗町)
ニュークリア・ディベロップメント(株)    (茨城県那珂郡東海村)
高エネルギー加速器研究機構          (茨城県つくば市)
(財)核物質管理センター           (茨城県那珂郡東海村)
東北大学金属材料研究所            (茨城県東茨城郡大洗町)
放射線医学総合研究所             (千葉県千葉市)
日本原子力研究所東海研究所          (茨城県那珂郡東海村)
日本原子力研究所大洗研究所          (茨城県東茨城郡大洗町)
核燃料サイクル開発機構東海事業所       (茨城県那珂郡東海村)
核燃料サイクル開発機構大洗工学センター    (茨城県東茨城郡大洗町)
核燃料サイクル開発機構人形峠環境技術センター (岡山県苫田郡上斎原村)
原子燃料工業(株)東海製造所         (茨城県那珂郡東海村)

資料2 (→本文へ戻る

原子力発電所の事象・トラブル等の国際評価尺度


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