共産主義者同盟(火花)

ドイツ社民党政権の誕生が意味するもの

渋谷一三
206号(1998年10月)所収


98年9月27日の総選挙によって、ドイツでも16年ぶりに社民党政権が復活することになった。イギリスのブレア労働党政権の「復活」に続くものであり、これで、欧州では、15カ国中13カ国が、社民党ないし労働党・社会党の政権(連立を含む)になった。「中道右派」とされるのは、スペインとアイルランドだけです。

 イギリスのブレア首相は、自由競争至上主義でも伝統的な社会主義路線でもない「第三の道」と、この傾向をうたいあげた。が、96年に長期政権の座から滑り落ちたスペイン社会労働党のゴンザレス党首は、そもそも「第三の道」などは存在しないと、ブレア発言に反論している。

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 新自由主義政権が一巡し、その結果として、各国で軒並み新自由主義政権が一掃され始めていること、これがはっきりとした政治傾向として現れています。
 97年に、社会党・共産党・緑の党などとの連立政権が誕生したフランスでは、失業率は12%台に達していたし、ブレア政権が誕生した英国においても、失業率は10%を超えていた。ドイツにおいてもしかり。
 新自由主義の結果、労働者の既得権はかなり剥奪され、リストラという過剰労働力の削減によって、実質賃金は低下し、国際競争力をかなり回復することとなった。これが、「好景気」をもたらす一方、失業者は従来のほぼ三倍の水準に定着した。もし、この失業者をwork sharingによって吸収しようとするなら、労働者の賃金水準は、単純計算で、もう20%切り下げられなければならない。
 これは、資本家階級にとっては歓迎しうることではある。が、労賃が占める割合が変化するわけではない以上、積極的に推進したいことでもない。他方、労働組合の側からすれば、賃金が切り下げられることによって失業者を減らすwork sharing は決して歓迎できるものではない。
 ここに従来の労働組合を基盤にする社民主義ではやってゆけない事情が存在する。社会的要請としては失業者の減少が増大している。失業者の家族や失業者を支えている人々と失業者を足せば、20%以上の有権者が、失業対策を要求している。したがって、この層がキャスティング・ボウトを握っている。
 結果が示すことは、新自由主義の物理的終焉の要求です。
 だが、従来の後進国を新植民地主義により搾取し、その超過利潤によって、帝国主義本国の労働者を買収する=高賃金を払い消費市場の拡大として利用する、という構図はもはや成立しない。
 というのも、国際金融市場の成立によって、資本は最も安価に労働力を購入できる所に立地することが可能となり、既にそれが一巡してしまっている。もはや、そうしない資本は生き残ってはいない。
 こうして、後進国の労働運動と実際上敵対的であった帝国主義本国での労働運動はその基盤を失ったのです。後進国の賃金水準に生産性等で対抗できる範囲内での相対的高賃金しか許容されなくなり、実際、新自由主義の波に敗北させられきったのでした。
 しかし、同じこのことが、失業者を増大させ、老後の生活への先行的支出を増大させることとなり、新自由主義への反発を生み出し、社民党政権を続々と誕生させていくことになったのですが、国際経済は新自由主義で動いている。新自由主義廃絶の願望は、果たして実現可能なのだろうかという問題に直面しているのです。
 経済の新自由主義の堅持と新自由主義の弊害への政策的修正・規制という動きが「第三の道」が願望するところです。EUの成立が、米国の新自由主義に対抗して別種の経済を模索できる条件があるかのように、錯覚しうる条件を与えているだけなのかもしれない。あるいは、新自由主義の結果を修正する中で、ケインズ主義でもなければ市場至上主義でもない経済が模索されうるのかもしれない。次章では、このことを考える為に、国際金融市場の動きを見てみよう。

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 コンピューターのオンライン化によって、国際金融市場は24時間体制になった。ニュウヨーク、ロンドン、東京の時差がちょうど良いのも作用している。24時間体制が実現したことにより、世界中の投機資金が、今開いている市場に集中することとなり、投機性は一挙に高まり、巨額の資金が地球上を移動している。閉鎖した市場には一銭の銭も残っていないといっても過言でない。
 この結果、金融市場を開いている国の政府の意向とは全く関係なしに市場が自己展開することとなり、ケインズ主義の政策を採る余地は殆どなくなってしまっている。この結果、投機を嘆く思潮が資本主義を擁護する側の一部から発生するようになった。金融市場に翻弄され、なんら有効な対策を講ずることもできない現実への苛立ちです。
 マレーシアやシンガポールは為替管理を再導入し、IMFに公然と反旗を翻し始めた。西欧は「中道左派政権」を選択し、何とか資本主義を管理統制することは出来ないかとの願望を鮮明にした。ロシアもIMFに反旗を翻し、自国通貨の切り下げに踏み切った。このことによって、投機家の代表とされるソロスが20億ドルの損失をし、「long term capital management(長期資本管理)」社は40億ドルの損失を蒙ったと報じられている。要するに、IMF体制によって利益を得ていた者が、ロシアの「裏切り」によって、大損をしたということです。
 そのロシアでは旧共産党の提言を受け入れる形で、企業の再国有化政策が採られようとしている。ロシア人は旧共産党への支持を増やし、「計画経済」への復帰願望も増大している。
 要するに世界各地で、金融市場の「横暴」への怒りが火を噴き始めている。

 金融市場は乱高下を繰り返してきた。
 このこと自体は驚くに値しない。バブルの恒常化に伴って、当然予想されることだからです。株価をつり上げ、そこで売り抜けることによって利益をあげる。この売り抜ける行為そのものが同時に売り浴びせになる。それが株価を極端に押し下げる。この下がった株を再び購入し、再びつり上げをはかる。
 これがバブル経済=投機経済である以上、株価の乱高下は絶対に必要な要素なのであるし、必然的に生み出されるものです。
 ところが、この乱高下が、最近、極めて速くなり、投機家の意図からも離れ始めている。
 これまた、当然のことであり、乱高下を演出出来る力を持っているのは巨大な資金力を持っている者であり、利益をあげるのもまたこの者であることに、小投資家がいつまでも気づかないはずもないのです。株を購入していた階層(米国の労働者上層・中層)が、巨大資本の中味を形成している間は受益者だったのですが、敗者になり損をする経験を積まされることにより、株式市場から離れ始めている。
 ひとたびこうなると、株価の乱高下を意図的に左右出来る者がいなくなる。投機家にとっても、先が読めなくなっているのが現状ではないでしょうか。
 だからこそ、「ひとり歩きを始めた」金融市場を何とか「管理・統制」できないものかという願望が発生する。
 だが、世界中の自由な、したがって行き先のない、「過剰な」資金が一つの市場に集中することが可能になった状況がこうした「ひとり歩き」の状況を現出させたのである以上、オンライン化を止め、国民経済に戻るか、ケインズ主義者がその理論的必然として願望している世界中央銀行を発足させ世界経済として管理する以外に、この「金融市場の一人歩き」=貨幣による意志支配を止めさせることなどできるでしょうか。
 そもそも、商品経済があまねく地球を覆った時から、世界中で貨幣による意志支配が成立しているのであり、物象による意志支配という共同の行為をなくしては商品経済は成立しないのです。
 この、あらがいようのない力に拝跪したのが新自由主義思想であり、それが行き詰まったからといって、あらがいようのない力にあらがうことはできない。貨幣を貨幣たらしめている共同の行為を止める、それ以外にはなく、これが現実化されない下では、金融市場の「意志」が世界を支配し続けるのです。

 だから、マレーシア・シンガポール・ロシアは、国民経済への回帰を模索する以外になかったし、米国流新自由主義=金融市場への拝跪は、それを続け、これに翻弄され続ける以外に「方針」を持たないのです。

 現実は、世界的規模での物象による人々の意志支配の廃絶=商品経済の廃絶を要求している。この廃絶の具体的方法を提示し実現すれば、急速に、商品経済の廃絶が進むことも可能なのかもしれない。
 それは例えば協同組合方式による生産・流通・「消費」(購入)なのかもしれない。   本稿では、株価の乱高下が投機家のシナリオからも離れ始めたことの指摘に留めることを、お許しいただきたい。




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